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― 2時間の筋肉トレーニング体験 ―

x Happy
8月10日
読了時間: 6分

更新日:8月12日



♬『食べたら、動けばいいじゃない』




ローマの夜。


La Stregaの厨房から、焼き立てのパンの香りが漂っていた。


その香りを追うようにして、


いつもの三人――ステラ、キャサリン、フェリーチェがテーブルについた。


「ねえ」


最初に口を開いたのはステラだった。


「最近、私、ちょっと変なのよ」


「何が?」


キャサリンがワインを一口飲む。


ステラは周囲を見回してから、声を落とした。


「ここ」


自分の腰骨の横を、両手でつまむ。


「……増えた」


フェリーチェが吹き出した。


「あなたも?」


「“あなたも”って何よ」


「私もよ」


フェリーチェまで腰に手を当てた。


するとキャサリンが黙ってワイングラスを置いた。


「実は……私も」


三人は顔を見合わせた。


しばし沈黙。


そして全員の視線が、テーブル中央のパン籠へ向かった。




焼き立てのパンから、まだ湯気が上がっている。


「原因、これじゃない?」


「違うわ」


ステラが即答した。


「じゃあ何?」



🎵「パンがおいしすぎるLa Stregaが悪い」🎵




「責任転嫁にもほどがあるわよ」


三人が笑っているところへ、支配人がやって来た。


その手には、見慣れない封筒が三つあった。


「ちょうどいいところに」


「何ですか?」


「皆さんに、ちょっと面白いお話があります」


封筒から出てきたのは、美しいチケットだった。


🎼La Strega ご紹介


筋肉トレーニング体験


2時間


「筋肉トレーニング?」


ステラの眉が動いた。


「しかも二時間……」


フェリーチェの顔が少し引きつる。


だがキャサリンは、そのチケットを裏返して眺めた。


三人がモデルになるという条件です
三人がモデルになるという条件です



「無料なの?」


「無料です」


「行く」


即答だった。


「ちょっと待って」


ステラが言った。


「世の中に、そんな都合のいい話はないでしょう?」


支配人は微笑んだ。


「もちろん条件があります」


三人が同時に身構えた。


【「この体験チケットの広告モデルになっていただきたいんです」】






「モデル?」





「トレーニングウェアを着て、実際に体験しているところを撮影します。


初心者の女性でも楽しく身体を動かせる、というイメージで」(撮影時間もいれて二時間です)


三人はもう一度、顔を見合わせた。


フェリーチェが自分の腰を見た。


ステラも腰を見る。


キャサリンも見る。


「……今の私たち、モデルとして一番リアルなんじゃない?」


フェリーチェが言った。


「食べすぎた三人が立ち上がる」


「広告のコピーみたい」


「“腰肉からの反撃”」


「それは絶対嫌」


笑い声がテーブルを囲んだ。


そこへ料理が運ばれてきた。


🎵大きな皿の中央には、香ばしく焼き上げられたステーキ。



アルゼンチン産の牛アントコール(リブロース)
アルゼンチン産の牛アントコール(リブロース)

切り口は美しいロゼ色で、肉汁が静かに光っている。


ローズマリーと黒胡椒の香り。


そして、焼き立てのパン。


「ちょっと待って」


フェリーチェがステーキとチケットを交互に見た。


「私たち、今、筋トレの話をしていたわよね?」


「していた」


「それなのにステーキ?」


「タンパク質よ」


キャサリンが涼しい顔で言った。


「じゃあパンは?」


「炭水化物」


ステラが答える。


「ワインは?」


三人が黙った。


やがてステラがグラスを持ち上げた。


「……人生」


「便利な栄養素ね」


三人のグラスが小さく触れ合った。


ステーキを切り分け、焼き立てのパンをちぎる。


「でもね」


キャサリンが言った。


「食べないで痩せる、っていう方向には行きたくないな」


フェリーチェが頷く。


「私も。おいしいものを食べることまで怖くなったら、何のために身体を整えているのか分からないもの」


ステラはパンをひと口食べた。


「だったら食べる。動く。筋肉をつける。ちゃんと寝る」


「ずいぶん普通の結論になったわね」


「普通のことって、案外難しいのよ」


それは確かにそうだった。


身体を整えることは、自分を罰することではない。


昨日食べたケーキの罪滅ぼしに走ることでもなければ、パン一切れを恐れることでもない。


食べる。


動く。


休む。


そしてまた、おいしく食べる。


そんな循環を作ればいい。


――ところが。


食事が終わりかけた頃、ヴィオラが厨房から姿を現した。


手には、大きなデザート皿。


「お待たせしました」


三人の目が丸くなる。




🎵ティラミス。


その横には小さなピスタチオのジェラート。


さらに、La Stregaの魔女をかたどった小さなクッキーまで添えられていた。


フェリーチェが天井を仰いだ。


「ヴィオラ……」


「はい?」


「私たち、筋肉トレーニングのモデルになるのよ」


「聞きました」


「腰周りの脂肪が気になっているの」


「それも聞きました」


「なのに?」


フェリーチェがデザートを指差した。


ヴィオラは平然としている。


「だからといって、今日のデザートを食べない理由にはなりません」


三人は黙った。


そして――


「ヴィオラが正しい」


ステラがスプーンを取った。


「早いわよ!」


ティラミスにスプーンを入れる。


マスカルポーネの層
マスカルポーネの層




柔らかなマスカルポーネの層が崩れた。


「おいしい……」


その一言でキャサリンもスプーンを取った。


フェリーチェも三秒後にはジェラートを食べていた。


テーブルの端には、三枚のトレーニング体験チケット。


その隣には空になっていくデザート皿。


キャサリンがチケットを眺めながら言った。




「ところで撮影って、いつ?」


「明後日です」


支配人が答えた。


三人のスプーンが止まった。


「明後日?」


「はい」


ステラが自分の腰を見た。


そしてティラミスを見る。


もう一度、腰を見る。


「……もう一口だけにしようかな」


「さっきと言ってることが違うじゃない」


「モデルには責任があるのよ」


「二日で何が変わるのよ(^^♪」


フェリーチェが笑った。


その夜。


La Stregaを出る三人のバッグには、


2時間の筋肉トレーニング体験チケットが一枚ずつ入っていた。


ステーキを食べた。


焼き立てのパンも食べた。


ティラミスも、ジェラートも食べた。


それでも三人の足取りは妙に軽かった。


「ねえ」


歩きながらステラが言った。


「二時間って、かなり長くない?」(撮影時間も含みます)


「今さら気づいた?」


「途中で休憩あるわよね?」


「あるでしょう」


「終わったら何食べる?」


キャサリンとフェリーチェが同時に振り返った。


「もう次の食事の話?」


ローマの夜道に三人の笑い声が響いた。


そしてフェリーチェが言った。


「いいじゃない。


♬おいしく食べるために、元気な身体を作る。♬


私、そのほうが好き」


ステラが頷いた。


「決まりね」


キャサリンが最後に付け加えた。


「ただし撮影の翌日は――」


「何?」


「La Stregaで反省会」


「何を食べながら?」


「焼き立てのパン」








三人はまた笑った。


どうやら彼女たちの筋肉トレーニングは、


♬食欲をなくすためではなく、これからも人生をおいしく楽しむために始まるらしい。





イメージキャラクターになりそうな三人
イメージキャラクターになりそうな三人

つづく


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