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『夏には、夏の時間を』

x Happy
8月13日
読了時間: 6分

八月のローマ。


午後七時を過ぎても、石畳には昼間の熱が残っていた。


La Stregaのテラスでは、日除けの布がゆっくりと揺れている。


噴水の水音、遠くを走るスクーターの音。


昼間の強烈な日差しがようやく弱まり、


街が少しずつ夜の顔に変わっていく時間だった。


店の入口には、今日から始まったフェアの看板が出ている。


🎼LA STREGA🎼


WATERMELON FAIR


― 夏は、スイカを楽しもう♬ ―


主役は、赤い果肉が美しい Crimson Sweet(クリムゾン・スイート)。


夏にはスイカ
夏にはスイカ



その看板を見ながら、ローマに住む三人――

アレッシオ、ニコラ、そして若い女性のルチアが店へ入ってきた。


「いいねえ、スイカ」


アレッシオが言った。


「こう暑いと、難しい料理の説明を読む気にもならない。

冷たいスイカを出してくれれば、それで幸せだ」


ルチアが笑った。


「あなた、冬には『寒い』って文句を言って、

夏には『暑い』って文句を言うでしょう」



「人間とはそういうものだ」


「だったら、もったいないじゃない」


ルチアは窓の外を見た。


まだ空の端には、夕日の色が残っている。


「夏には、夏にしかできない時間の過ごし方をすればいいのよ」


「例えば?」


「夕方になってから外へ出る。テラスで食事をする。

冷たい飲み物を飲む。夜風の中を歩く。それから――」


彼女は入口の看板を指差した。


「スイカを食べる」


「それは賛成」


三人は笑った。


スイカは飲んでもおいしい


最初に運ばれてきたのは、La Strega特製のスイカジュースだった。


鮮やかな赤。


余計な甘味はほとんど加えず、スイカそのものの瑞々しさを生かしている。


グラスの縁には小さなミント。


ニコラが一口飲んだ。


「これはいい。喉が渇いているときは、ワインより先にこっちだな」


「あなたがワインより先に何かを選ぶなんて珍しい」


「八月のローマを甘く見るな」


アレッシオもグラスを傾けた。


「スイカって不思議だよな。果物を食べているのに、

水を飲んでいるような感じもする」


そこへ支配人が、大きなCrimson Sweetを運んできた。


三人が思わず見る。


「大きい!」


「これはまだ驚くほどではありませんよ。


スイカには10キロを超えるような大きなものもあります」


ニコラが目を丸くした。


「10キロ?」


「それはもう果物じゃない。小型家具だ」


「抱えて帰ったら筋力トレーニング♪になるわね」


「夏の運動とデザートを同時に済ませられる」


また笑いが起きた。


🎼赤いところ、白いところ


やがて、よく冷えたスイカが大きく切られて運ばれてきた。


真っ赤な果肉。


その下には、淡い白。


そして濃い緑色の皮。


ルチアは赤いところをきれいに食べ終えると、白い部分を少し残した。


それを見たニコラが言った。


「そこ、捨てるの?」


「え?」


「僕の知り合いは、スイカの白いところを細かく切って、

【醤油を少しかけて】食べるんだ」


アレッシオが手を止めた。


「醤油?」


「そう」


「スイカに?」


「赤いところじゃない。白いところ」


「それなら……ちょっと分かる気もする」


ルチアが白い部分を少しかじった。


シャク。


「確かに甘くないわね」


「食感がキュウリに近いだろ?」


ニコラが言う。


するとアレッシオが、ものすごく嫌そうな顔をした。


🎼「だから僕は嫌なんだ」


「どうして?」


「僕、キュウリがあまり好きじゃない」


「なるほど」


「スイカを食べていたはずなのに、

最後に突然キュウリみたいな世界に入る。あれが嫌なんだ」


ルチアが吹き出した。


「ずいぶん大げさね」


「大げさじゃない。赤いところを食べている間は、完璧な夏なんだよ」


アレッシオは残ったスイカを指差した。


「甘い。瑞々しい。冷たい。幸せだ」


そして、その下の白い部分を見る。


「ところが、どんどん赤が薄くなる」


「うん」


「甘さがなくなる」


「うん」


「そして白くなる」


ニコラが尋ねた。


「だから?」


アレッシオは少し真剣な顔になった。


「僕にとって、あそこは【スイカの悲しい部分】なんだ」


一瞬、沈黙。


そしてルチアが大笑いした。


「悲しい部分って何よ!」


「だって、さっきまであんなに美味しかったのに!」


「まだ食べられるところでしょう」


「違う。赤い部分の美味しさを知ってしまっているから悲しいんだ。

『ああ、楽しい時間が終わってしまう』っていう味がする」


ニコラが腕を組んだ。


「なるほど……」


「納得するの?」


「少し哲学的だ」


🎼「スイカで哲学を始めないで」


白いところにも人生がある


ニコラは自分のスイカの白い部分を眺めた。


「でもさ」


「何?」


「赤いところだけがスイカじゃないんじゃないか?」


アレッシオが警戒する。


🎼「哲学を始めたな」


「君が始めたんだよ」


ニコラは笑った。


「赤いところは、そのまま食べればいい。

白いところは細く切って、醤油を少し。

塩でもいい。漬物みたいにする人だっている」


「つまり?」


「同じものでも、場所によって楽しみ方を変えればいいんだよ♪」


ルチアが頷いた。


「それ、夏と同じかもしれない」


「どういうこと?」


「真昼のローマは暑すぎるでしょう。

だったら無理に歩き回らなくてもいい。

日陰で休んで、夕方から外へ出ればいい」


「なるほど」


「暑いから嫌だ、で夏を全部嫌いになるんじゃなくて

夏に合った過ごし方を探すの」


アレッシオは、少し考えた。


「昼は休む」


「そう」


「夕方からテラスへ」


「そう」


「冷たいスイカジュース」




「そう」


「夜はワイン」


「それは季節に関係なくあなたがやってる」


三人はまた笑った。


シチリアから来た、ぷるんとした夏


最後のデザートが運ばれてきた。


透明な器の中で、淡い赤色のデザートが揺れている。


ぷるんスイカ
ぷるんスイカ


Gelo di melone。


シチリアで親しまれている、


スイカの果汁を使った冷たいデザートだ。


上にはピスタチオ。


小さなチョコレート。


スプーンを入れると、ぷるん、と形を崩す。


ルチアが一口食べた。


「これなら、スイカの夏がもう少し長く続くわね」


アレッシオも食べる。


「……うん。これは悲しい部分がない( ̄∇ ̄;)ハッハッハ」


「まだ言ってる」


外を見ると、ローマの空はすっかり群青色になっていた。


昼間の暑さが嘘のように、柔らかな風がテラスを通り抜けていく。


グラスの氷が、カラン、と鳴った。


ルチアが静かに言った。


「季節って、終わってから惜しくなるのよね」


二人が彼女を見る。


「冬になったら、『あの夏の夜はよかった』って言う。だから、


今のうちに楽しんでおけばいいのよ」


ニコラが頷いた。


「夏には、夏の時間を」


「そう」


「秋には秋の時間を」


「そういうこと」


アレッシオは最後のスイカを持ち上げた。


赤いところを一口。


そして、白いところの手前で止めた。


「じゃあ僕は、夏の一番おいしいところまで楽しむ」


ニコラが言う。


「白いところも食べろよ」


「そこから先は君にあげる」


「醤油を持ってこようか?」


「いらない」


三人の笑い声が、夏のLa Stregaに広がった。


暑い日は、暑い日なりに。


長い夕暮れには、長い夕暮れなりに。


冷たいスイカを食べ、夜風に吹かれ、くだらない話で笑う。


それもまた、季節を味わうということなのだろう。


夏は短い。


だから、暑さが去ってしまう前に。


夏には、夏の楽しみ方を。 










つづく

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