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ー 地球の体温、大切な瞬間を見つけ出すAIをつくるーー

x Happy
10月3日
読了時間: 4分


ローマの夜。


La Stregaの半円形の個室では、暖炉の火が静かに揺れていた。


テーブルにはヴェルディッキオ。 ムラーノのグラスに淡い金色が光る。





客は二人。


画像処理とAIを研究するX教授と、長年の同僚だった。


最初の皿は、帆立のカルパッチョ。 レモン、海塩、オリーブオイル。


同僚が聞いた。


「X、これから何を研究したい?」


教授はグラスを置いた。


「海底だ。」


「深海?」


「もっと大きな話だよ。地球の体温を測りたい。」


同僚が首をかしげた。


教授はナプキンに地球を描いた。


「海は表面だけじゃない。地球が受け取った余分な熱の多くを海が吸収している。


時間はかかるが、その変化は深い海にも伝わっていく。」


「海底まで温度が変わる?」


「場所や深さによって程度も速さも違う。でも変化は起こり得る。」


二皿目は、ポルチーニ茸のタリアテッレ。


教授は話を続けた。


「そして太陽も永遠に同じじゃない。」


「太陽まで?」


「ただし時間を混同してはいけない。


今の地球温暖化の主因は、人間が増やした温室効果ガスだ。


太陽が急に熱くなったからじゃない。」


教授はナプキンに二本の時間軸を書いた。


数十年・数百年――人間が変える気候。


そして、そのはるか先。


数億年――少しずつ明るくなる太陽。


「太陽は恒星だから、非常に長い時間をかけて明るさを増していく。」


同僚が言った。


「では、ずっと先には?」


教授は少し黙った。


「地球は、今のような地球ではいられなくなる。」


海が温まり、 蒸発が増え、 気候が変わる。


さらに遠い未来には、 生命が暮らせる環境そのものが失われていく可能性がある。


同僚はワインを見つめた。


「地球が壊れる?」


「惑星そのものがすぐ壊れるわけじゃない。」


教授は答えた。


「僕たちが知っている“生きられる地球”が失われていく、という方が正確だ。」


メインの仔牛フィレが運ばれてきた。 黒トリュフの香りが立つ。


同僚が聞いた。


「それなら、君は何を研究する?」


「海にセンサーを置く。」


「何個?」


「何千、何万。」


水温。


塩分。


酸素。


潮流。


音。


海底の映像。


生物の変化。


半導体センサーから送られる膨大な情報をAIが解析する。


「地球に巨大な体温計をつけるんだ。」


同僚が笑った。


「地球の健康診断か。」




「そう。」


教授も笑った。


「そしてAIに、現在の海だけを見せるんじゃない。」


2030。


2050。


2100。


何十年ものデータを積み重ねる。


「海底の温度がわずかに変わった。


魚が移動した。酸素が減った。


海流が変わった――そんな小さな変化をつなげて


♬AIに地球の未来を読ませる。」


同僚はしばらく黙っていた。


そして聞いた。


「でもX。2100年の研究結果を、君は見られないだろう?」


教授は答えた。


「見られない。」


「それでも研究する?」


「だから研究するんだ。」


デザートが運ばれてきた。


La Stregaの白いレモンクッキーと、小さなエスプレッソ。





同僚がクッキーを一枚取った。


「人間は不思議だな。」


「何が?」


「自分がいなくなった後の地球まで心配する。」


教授は少し笑った。


「それが人間の面白いところだよ。」


そして、ふと思いついたように言った。


「でも、本当に研究したいのは海底温度じゃないのかもしれない。」


「じゃあ何だ?」


教授は手帳を開いた。


そこに一行だけ書いた。


When does change become irreversible?


――変化は、いつ戻れなくなるのか。


「温度が0.1度上がったときなのか。


海流が変わったときなのか。


ある生物が消えたときなのか。」


教授はペンを置いた。


「地球が変わってから気づくのでは遅い。」


「つまり?」


「壊れたことを発見するAIではなく、


🎼【壊れる方向へ曲がった瞬間を見つける】AIを作りたい。」


同僚は黙った。


暖炉の薪が、小さく弾けた。







皿の端には、チョコレートで短い言葉が書かれていた。


We do not measure the Earth because it is dying.


We measure it because it is still alive.


――地球が死にかけているから測るのではない。


まだ生きているから、測るのだ。


X教授はその言葉を読み、 最後のエスプレッソを飲んだ。


外ではローマの雨が止んでいた。


そして地球のどこかでは、 誰にも気づかれないほどゆっくりと、


深い海が、 今日も昨日とは少し違う温度になっていた。



つづく


著作権ここにあり、転載不可

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