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一緒に笑える贅沢さ

x Happy
9月27日
読了時間: 4分


La Stregaの半円形の個室には、白いクロスがかけられ、


磨かれた銀器が暖炉の火を小さく映していた。


テーブルを囲んでいるのは、仕事帰りらしいイタリア人の男女三人。


いつもならワインの話から始まる三人だったが、今夜は席に着くなり、


一人の女性がスマートフォンを取り出した。


「今日ね、職場でこんな写真を撮ったの」




画面には、テーブルの上に置かれた二本のペットボトル。


そして、そこには大きな文字で、


「Aiutooo!」


「助けてぇぇ〜!」


向かいの男性が吹き出した。


「何があったんだ?」


「椅子が後ろに傾いたのよ。ほんのちょっとだけ。


でも私、大げさに『助けてぇ!』って叫んだの」


もう一人の女性が笑った。


「それで誰か助けてくれた?」


「それがね……」


彼女は画面を横に滑らせた。


「友達まで椅子を傾けて、『私も。二人とも転んだら、どうなるか見てみたい』って」


「助ける気、ゼロじゃないか」


三人が笑った。


ちょうどそこへ、支配人が料理を運んできた。


「楽しそうですね」


「今日、職場で椅子から転びそうになった話をしていたんです」


支配人は皿を置きながら、少し笑った。


「では今夜は、椅子は四本の脚を床につけたままでお願いいたします」


また笑いが起こった。




🎼最初の皿は、La Stregaの定番。


スパゲッティ・ポモドーロ。


完熟トマトをゆっくり煮詰めた鮮やかなソース。


バジリコとオリーブオイル。


仕上げにパルミジャーノ。


派手な料理ではない。


けれど、フォークで巻き取ったパスタを口にすると、トマトの甘味と酸味がきちんと残っている。


「こういうのが一番いいんだよ」


男性が言った。


「毎日でも食べられる」


そして次に運ばれてきたのは、もう一つの定番だった。





🎼ピッツァ・マルゲリータ。


薄く伸ばした生地の縁はふっくらと膨らみ、ところどころ薪窯の焦げ目がある。


赤いトマト。


白いモッツァレラ。


緑のバジリコ。


女性が一切れ持ち上げると、溶けたモッツァレラが細く伸びた。






「ねえ」


彼女が言った。


「今日、仕事は最悪だったのよ」


「さっきから笑ってるじゃないか」


「だからよ」


彼女はピッツァを一口食べた。


「嫌なことばかりだったのに、最後に椅子から転びそうになって、みんなで笑った。それだけ覚えてる」


向かいの女性がワイングラスを持ち上げた。


「人生って、案外そんなものかもね」


「どういう意味?」


「大きな出来事ばかりが記憶に残るわけじゃないってこと」


男性が言った。


「確かに。旅行の高級ホテルより、


道に迷って三人で喧嘩したことのほうを覚えていたりする」


「それ、いい思い出なの?」


「今ならね」


三人は笑った。








少し離れたところで、支配人がその会話を聞いていた。


やがて食後のエスプレッソを運んできたとき、


男性が尋ねた。


「あなたはどうです? 長くこの店にいると、


特別な夜をたくさん見てきたでしょう」


支配人は少し考えた。


「ええ。でも、不思議なものですよ」


「何が?」


「高価なワインを開けた夜よりも、くだらないことで笑い続けていたテーブルのほうを、


何年も覚えていたりします」


三人は黙った。


暖炉の薪が、ぱちりと鳴った。


女性が、空になったマルゲリータの皿を見た。


「じゃあ今日も、覚えていてもらえるかしら」


支配人は微笑んだ。


「おそらく」


「どうして?」


「La Stregaで、椅子から転ぶ実験の話をされたお客様は初めてですから」


一瞬の沈黙。


そして三人は、また大笑いした。


女性は笑いながら椅子にもたれ――


少し後ろへ傾いた。


「Aiutooo!」


「おい、本当にやるな!」


今度は三人だけではない。


近くにいたウェイトレスまで笑っていた。


白いクロスの上には、空になったパスタの皿とマルゲリータの皿。


ムラーノのグラスには、ほんの少しだけワインが残っている。


豪華な料理も、特別なワインも、人を幸せにする。


けれど、ときにはもっと単純なものがある。


♬いつもの料理を食べながら、くだらないことで一緒に笑えること。


それもまた、La Stregaが大切にしている贅沢だった。 


柿ピーとワイン
柿ピーとワイン




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