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しばらくぶりにあった二人

x Happy
10月2日
読了時間: 5分

ローマの夜。


La Stregaの半円形の個室で、二人の男が数年ぶりに向かい合っていた。


暖炉には小さな火。 ムラーノのグラスには白ワインが注がれている。








「本当に久しぶりだな」


「何年になる?」


「もう数えないほうがいいよ」


二人は笑った。


「それで、この数年、何をしてた?」


一人がグラスを置いた。


「ちょっと変わった仕事をしてた。トリカブトの選別」


「トリカブト?」



そこへ次の料理が運ばれた。





その言葉を聞いて、近くにいたヴィオラが振り返った。


常連の親しいお客様の場合ヴィオラは珍しく客席にでてくることがある。


♠「もしかして、Aconite?」


男が驚いた。


「知ってるんですか?」



♠「もちろん。ヨーロッパにもありますよ。Aconitum。Monkshoodとも呼ばれる、とても毒性の強い植物でしょう?」


「そうです。それです」


友人が目を丸くした。


「世界中にあるのか」


ヴィオラがテーブルのそばまで来た。


「それで、どうしてトリカブトを選別するんです?」


♠「薬に使うんです」♪


「薬?」


「日本では、トリカブトの根を適切に加工して毒性を弱めたものを『附子』と呼びます」


ヴィオラは興味深そうに聞いている。


「中国ではFuziですね」


「そうです。よく知ってますね」


♧「料理人は植物には興味があります。ただし、これは厨房には持ち込みたくありません」


二人が笑った。





男は続けた。


🎵「加工した附子は漢方薬に使われます。八味地黄丸とか、


真武湯とか、牛車腎気丸とか」


友人が首をかしげた。


「つまり君は、毒草を薬にする仕事をしていたの?」


♪「正確には、その原料を選別する仕事だよ。薬用として栽培されたトリカブトの根を扱う。土や傷んだものを取り除いたり、状態を確認したりするんだ」


ヴィオラが言った。


「面白いですね。毒か薬か――植物そのものだけでは決まらない」


「そうですね。どう加工して、どう管理して、どう使うかです」


「料理と少し似ていますね」


「いや、トリカブトを料理に結びつけないでください」


ヴィオラが笑った。


「それはそうですね」


今度はトリカブトの仕事をしていた男が、友人に尋ねた。


「君は?」


♬「僕は国内ツアーの添乗員をしてた」


ヴィオラがすぐ反応した。


「それは楽しそう。日本中を旅行できるんでしょう?」


男は苦笑した。


「みんなそう言うんです」


「違うの?」


「全然違いますよ」


「どこへ行ったんです?」


「箱根、草津、別府、登別……。温泉地にはずいぶん行きました」


ヴィオラの目が輝いた。


「素晴らしい。毎晩温泉ですね」


「ほとんど入ってません」


「……何のために温泉へ?」


♠三人が笑った。


「仕事ですから。朝からお客さんの人数確認、バスの時間、ホテルとの連絡、食事の確認。遅れる人がいたら探す。具合が悪くなる人がいれば対応する」


「なるほど」


「夜、ホテルに着くでしょう。お客さんは浴衣に着替えて温泉へ行く。そのころ僕は部屋で報告書を書いてます」


ヴィオラは腕を組んだ。


「待ってください」


二人が彼女を見る。


ヴィオラは一人を指した。


「あなたはトリカブトを扱っている。でも、人を毒にする仕事ではなく、


薬につながる仕事をしている」


「はい」


もう一人を指した。


「あなたは温泉へ行っている。でも、自分は温泉に入らない」


「はい」


そして自分を指した。


「私は三つ星レストランのシェフです」


二人は黙って次の言葉を待った。


♡「でも、忙しい日は厨房の隅で立ったままパンを食べています」


一瞬の沈黙。


「一番かわいそうじゃないですか」


🎵三人が声を上げて笑った。


ヴィオラは椅子の背に手を置いた。


「仕事って、不思議ですね」


「何がです?」


「外から見える姿と、中にいる人が見ている景色が違う」


添乗員がうなずいた。


「お客さんには温泉と料理と景色が見える。でも僕には時計と人数が見える」


トリカブトの男も言った。


「普通の人には危険な毒草に見える。


でも仕事をしている人間には、


♠厳しく管理しなければならない薬用植物に見える」


「そして私には――」


ヴィオラが店内を見渡した。


「美しいレストランの向こう側に、明日の仕込みが見えます」


「結局、仕事のことばかりですね」


「大人になるとは、そういうことかもしれません」


三人は笑った。


しばらくして、ヴィオラは仕事に戻った。


二人だけになったテーブルで、友人が静かに言った。


「会わなかった数年間、ずいぶん違うところにいたんだな」


「ああ」


「君は植物の根を見て、僕は旅行客の人数を数えていた」


「でも、似ているところもある」


「どこが?」


「間違えないこと」


友人は少し考えて、うなずいた。


薬につながる原料を扱う仕事では、 小さな見落としを避けなければならない。


何十人もの旅行客を預かる仕事でも、 一人を見落としてはいけない。


華やかではない。


けれど、誰かがきちんとやらなければならない仕事だった。


帰り際、ヴィオラが二人に声をかけた。


「今日は面白い話をありがとうございました」


「こちらこそ」


ヴィオラは笑った。


「今日、ひとつ分かりました」


「何です?」


「人の仕事は、名前だけ聞いて判断してはいけないということ」


そして少し考えて付け加えた。


「Aconiteも、温泉も、三つ星レストランもね」


「確かに」


暖炉の火が、ぱちりと鳴った。


そして


デザートが運ばれてきた。





数年間、まったく違う場所で働いていた二人。


それでも久しぶりに同じテーブルにつけば、 その時間は少しずつ、一つの物語になっていく。


人生は、外から見えている部分より、 見えていない部分のほうが、ずっと多い。


La Stregaの夜は、 まだ静かに続いていた。







つづく



著作権ここにあり、転載不可。

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