希望
- x Happy
- 5月17日
- 読了時間: 3分
『イソッタと、境界線のない空』
イタリアの小さな港町に、10歳の少女イソッタは住んでいました。
朝になると、石畳の道を魚屋の声が転がり、
パン屋からは焼きたての香りが流れてきます。
けれど、その町には、昔からよく言われる言葉がありました。
「生まれた場所が、その人の運命を決める」
「親と同じ人生を歩くのが幸せだ」
「夢を見るより、諦めるほうが傷つかない」
大人たちは、それを当たり前のように話していました。
けれどイソッタは、夕焼け色の海を見ながら、
心の中で小さくつぶやきます。
「私は、“運命の家畜”にはなりたくない」
「誰かに引かれた線の上だけを歩きたくない」
彼女はまだ10歳でした。
でも、自分の人生を、自分で歩きたいと思っていました。
ある夜。
港に、一隻の古い白い船がやってきました。
不思議な船でした。
船員たちは、スペイン語、英語、イタリア語、フランス語……
さまざまな言葉で笑い合っています。
その中にいた白髪の料理人のおばあさんが、
イソッタに言いました。

「世界にはね、“ここしかない”なんて場所はないのよ」
イソッタは目を丸くしました。
「でも、みんな、“生まれた場所が人生を決める”って……」
するとおばあさんは、トマトの煮込みスープを木のスプーンで混ぜながら笑いました。
「それはね、“檻の中”しか見たことがない人の言葉よ」
その夜、イソッタは眠れませんでした。
“運命”ってなんだろう。
生まれた国? 家族? お金? 才能?
もし全部決まっているなら、 なぜ人は、夢を見るのだろう。
もし未来が変えられないなら、 なぜ海の向こうへ行きたいと思うのだろう。
次の日。 イソッタは、小さなノートを買いました。
表紙には、青い鳥が描かれています。
そこに彼女は、こう書きました。
「私は、自分の人生を選ぶ」
「国を越えて、人に会う」
「知らない言葉を覚える」
「怖くても、希望を捨てない」
やがて年月が流れました。
イソッタは成長し、 日本へ行き、 スペインで市場を歩き、 フランスで料理を学び、 モロッコでミントティーを飲み、 南イタリアでおばあさんたちとパスタを作りました。
失敗もしました。
言葉が通じず泣いた夜。 お金がなくてパンを半分に分けた日。 孤独で、駅のベンチに座り込んだこともありました。
それでも彼女は気づきます。
「運命」は、 最初から決められている道ではなく、
“選び続けた足跡”なのだと。
ある冬の日。
遠い国の空港で、 不安そうな顔をした少女に出会いました。
少女は小さな声で言います。
「私には無理です。 どうせ、私はここから出られない」
するとイソッタは、昔の自分を思い出しながら微笑みました。
「ねえ。 鳥は、“飛べる国”を選んで生まれてくるわけじゃないの」
「羽を動かすことを、 諦めなかっただけよ」
空港の大きな窓の向こうで、 飛行機が夜空へ上がっていきました。
その光はまるで、 国境を越える希望そのもののようでした。
そしてイソッタは思うのです。
人生には、 苦しみも、 理不尽も、 見えない壁もある。
けれど。
希望を持つことだけは、 誰にも奪えない。
人は、 希望を持った瞬間から、
“運命の奴隷”ではなくなるのだと。
つづく


