top of page

神楽坂

  • x Happy
  • 3月24日
  • 読了時間: 6分

更新日:3 日前


神楽坂の夜は、相変わらず静かに深い。

神楽坂の石畳は、夜になると昼とはまるで別の顔を見せる。灯りが低く、静かで、どこか人を試すような空気が漂う——そんな街で働く、ひとりの営業マン

(Ryou)がいた。




昼間は不動産屋で、物件の案内や契約に追われる日々。


「神楽坂は“住む街”としても人気なんですよ」なんて、

柔らかな笑顔で語りながら、内心ではこの街の“裏の顔”も知っている。


なぜなら、彼には“行きつけ”があったからだ。


——あの 細木数子先生 も通っていたと噂される、小さな店。


表札もない。看板もない。


ただ、暖簾の奥にだけ、世界がある。


最初にその店へ連れて行かれたのは、神楽坂に古くから住む大家だった。


「ここはな、紹介がなきゃ入れない」


扉を開ける前、そう言われた。


中に入ると、カウンターはわずか数席。


静かすぎて、箸の音すら響く。


女将は客の顔を一瞬見ただけで、その日の機嫌や体調を見抜くような目をしていた。


「初めてね」


その一言で、Ryouは背筋を正した。


この店には、いくつかの“暗黙のルール”がある。


ひとつ。


料理の写真は撮らない。


ひとつ。


大きな声で話さない。


そして最も大事なのが——


「また来たい」と口にしないこと。


常連がぽつりと教えてくれた。


「“また来たい”って言うのは野暮なんだよ。この店は“呼ばれる場所”だからな」


亮は最初、それが理解できなかった。


だが、通ううちにわかってきた。


ここは、“選ばれる側”ではなく、


“選ばれる場所”。


ある夜、珍しく女将がぽつりと話した。


「昔ね、強い人がよく来てたのよ」


その“強い人”が、 (先生) だというのは、言葉にしなくても伝わった。


「でもね、あの人、店ではただの一人の客だったわ」


そう言って、静かに笑った。


不動産の仕事をしていると、「いい物件」を探すことに必死になる。


駅近、日当たり、築年数——条件はいくらでもある。


けれどRyouは、この店に通うようになってから、少し考えが変わった。


「人が選ぶ場所」より、


「場所に選ばれる人」になりたい。


そう思うようになった。


ある日、新しいお客に物件を案内しながら、Ryouはふとこう言った。


「神楽坂って、不思議な街なんですよ。


 住めば住むほど、“入れる場所”が増えていくんです」


客は笑っていたが、その意味を本当に理解するには、もう少し時間がかかるだろう。


その夜、Ryouはまたあの暖簾の前に立つ。


扉を開けると、女将が一言。


「今日は、いい顔してるじゃない」


——どうやら、まだ“通っていい人間”らしい。


亮は何も言わず、静かに席に座る。


“また来たい”なんて、口が裂けても言わない。


だって、この街では——


願うものじゃなく、“許されるもの”だから。 


33歳になったRyouは石畳の上を歩きながら

この風情を気に入っている自分がいることに気が付く。


上司が酔った帰り何度も聞かされた石畳の話


この石畳は江戸時代から続く「花街(かがい)、料亭へ向かう着物のお客様の足もとが土で汚れないように工夫したもの、配慮したもの」




彼は、不動産営業として脂が乗りきった頃だった。


契約も安定し、指名も増え、

気づけば貯金は@@@@万円を超えていた。


「悪くない人生だな」


そう思う反面、どこか足りない。


神楽坂という街は、不思議と“人生の次の一手”を考えさせる場所だった。


ある日、亮は仕事帰りにふと立ち寄った売り場で、


宝くじ を一枚だけ買った。


理由はない。


強いて言えば、その日の契約がやけにスムーズに決まったことくらい。

銀行からの一棟の融資売買が決まったお客様の契約だった。


「流れがいい日って、あるんだよな…」


そう呟いて、ポケットにしまった。


数日後——


あの神楽坂の“紹介制の店”に、Ryouはいつものように座っていた。


料理は相変わらず美しく、会話は少なく、時間はゆっくり流れる。


女将が、ふと亮を見て言った。


「今日は、少し騒がしい気がするわね」


亮は苦笑した。


「そんなことないですよ」


だが本当は、朝から妙に胸がざわついていた。


帰宅後、机の上に放り出していた宝くじを思い出す。


「まあ、どうせな」


そう言いながら、スマホで当選番号を確認した。


——次の瞬間、手が止まる。何気なく買うこの一枚に

こんな偶然があった、、、、よく聞く話だが

それがこのタイミングで、、?周りに知られないように

息をひそめた


「……?」


一等ではない。


だが、それでも人生を変えるにはかなり十分すぎる金額だった。


現実味のない数字が、画面に並んでいた。


翌日、Ryouは再びあの店を訪れる。


扉を開けると、女将がいつものように一瞥して言った。


「当たったわね」


亮は、思わず言葉を失った。


「……なんでわかるんですか」


女将は、ふっと笑う。


「人ってね、お金が入ると“軽く”なるのよ。でもあなたは違う。少しだけ、重くなった」


その言葉は、不思議と腑に落ちた。


その店には、相変わらず“ルール”がある。


写真は撮らない。


騒がない。


そして——“また来たい”とは言わない。


だが、その日だけは違った。


帰り際、Ryouはほんの少しだけ立ち止まり、言った。


「……また来られるように、ちゃんとします」


女将は何も答えなかった。


ただ、わずかに頷いた気がした。


大金を手に入れても、Ryouは仕事を辞めなかった。


むしろ、物件を見る目が変わった。


「この部屋は、どんな人生を呼び込むだろう」


そんなことを考えるようになった。


そして、もうひとつ変わったことがある。


——結婚を、現実として考え始めたことだ。


ある春の日、神楽坂の石段で、ひとりの女性と出会う。


風に揺れる髪と、少し迷ったような目。


「この辺りで、静かに食事できるお店ってありますか?」


亮は少し考えて、こう答えた。


「ありますよ。ただし——紹介が必要です」


女性は不思議そうに笑った。


その笑顔を見た瞬間、Ryouは直感した。


(ああ、人生ってこういうふうに変わるのか)


その夜、亮は久しぶりにあの店の前に立つ。


扉を開けると、女将が静かに言った。


「今日は、誰かを連れてきた顔ね」


亮は少し照れながら答える。


「ええ、たぶん……これからの人です」


女将は一瞬だけ目を細めた。


——それは、この店で見た中で一番やさしい表情だった。


神楽坂では、すべてが“偶然の顔をした必然”でできている。


宝くじも、出会いも、人生も、仕事も、すべて


ただひとつ言えるのは——


それを受け取れる人間だけが、この街に“呼ばれる”ということだった。 


解説

昔、八丁堀にすんでいたころ

神奈川県茅ヶ崎のご自宅でお料理をつくってくださる女性(宮崎さん)が

開催するパーティに友人のご紹介で

出席したことがありました。

あるときは神楽坂でありました。一棟のビルを所有している男性の

そのビルの一室で食事会がありました。

いろいろな方がいらしていました。

神楽坂の思い出を、他の思い出のフィクションをいれて

書いてみました。


 
 
bottom of page