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イソッタ

  • x Happy
  • 5月7日
  • 読了時間: 3分

『レモン色のカフェと、小さな王冠』


春の終わりの午後、


イタリアの小さな石畳の町に、


「ルーナ・ジャッラ」という不思議なカフェがありました。


レモン色の扉。


窓辺にはゼラニウム。


エスプレッソの香りと、焼きたてのフォカッチャの匂い。


その店には、夕暮れになると、





どこからともなく不思議の国の少女――


イソッタが現れるのでした。


金色の髪に、少し大きな麦わら帽子。


白いエプロンには、小麦粉。


今日は厨房で、トマトとバジルのリゾットを作っています。


けれどその日、


イソッタは少し元気がありませんでした。


「どうしたの?」


カウンターの上に座っていた白うさぎが聞きました。


イソッタは木べらをゆっくり回しながら言いました。


「私ね……最近、自分が空っぽみたいに感じるの。」


「空っぽ?」


「うん。みんなみたいに特別じゃない気がするの。


料理が上手な人。


歌がうまい人。


何でもできる人。


私は、何者なんだろうって。」


すると、奥でパスタを打っていた帽子屋のシェフが、ふっと笑いました。


「イソッタ。


君は“肯定感”と“効力感”を混同しているね。」


「こうていかん……こうりょくかん?」


厨房の天井から、オリーブがころころ転がってきました。


帽子屋は続けます。


「肯定感っていうのはね、


“できても、できなくても、自分には価値がある”と思える心だよ。」


イソッタは静かに聞いていました。


「そして効力感は、


“やればできるかもしれない”と思える力のこと。」


「違うの?」


「まったく違う。」


外では夕陽が、オレンジ色に町を染めていました。


帽子屋は、焼きあがったフォカッチャをテーブルに置きます。


「例えばこのパン。


今日は少し形が崩れた。」


イソッタは見ました。


たしかに少し不格好です。


「でも、香りは最高だろう?」


バターの香り。


小麦の甘さ。


ローズマリー。


それだけで、心がほぐれるようでした。


「人も同じだよ。


形が整っていなくても、価値は消えない。」


白うさぎがエスプレッソを飲みながら言いました。


「でも効力感がないと、“また挑戦しよう”って思えなくなるんだ。」


「じゃあ、どうやったら効力感は育つの?」


その時でした。


厨房の奥から、


真っ赤なドレスの女王が入ってきました。


「失敗よ。」


「えっ?」


「効力感は、“成功した数”ではなく、


“失敗しても続けた回数”で育つの。」


女王は堂々とティラミスを食べています。


「私は昔、パスタを真っ黒に焦がしたわ。」


「女王なのに?」


「三回も。」


イソッタは思わず吹き出しました。


すると女王は真面目な顔で言いました。


「でもね。


“焦がした私には価値がない”と思わなかった。


そこが大事なの。」


厨房の窓から、夜風が入りました。


遠くでアコーディオンが鳴っています。


広場では人々が笑いながら会話をしていました。


イソッタは、静かにリゾットを混ぜます。


――私は、できない時もある。


――失敗もする。


――でも、それで価値がなくなるわけじゃない。


その瞬間、


胸の奥に小さな灯りがともりました。


帽子屋が言います。


「肯定感は、“存在のスープ”。


効力感は、“行動の火”。」


「どっちも料理みたい。」


「その通り。」


イソッタは完成したリゾットに、最後のチーズを削りました。


香りがふわりと広がります。


そして彼女は、少し照れながら言いました。


「……私、また挑戦してみる。」


白うさぎが拍手しました。


女王は満足そうにうなずきます。


すると、厨房の壁に掛かっていた小さな鏡が、きらりと光りました。


そこには、以前より少しだけ優しい顔をしたイソッタが映っていました。


頭には見えない、小さな王冠。


それは――


“できるから価値がある”ではなく、


“存在しているだけで価値がある”と知った人だけに見える、


不思議の国の王冠だったのです。 


つづく






イソッタ
イソッタ







 
 
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