イソッタ
- x Happy
- 5月13日
- 読了時間: 3分
雨の降る午後、イタリアの古い石畳の町にある小さなカフェで、イソッタは静かにハーブティーを飲んでいました。
窓辺にはローズマリーの鉢植え。 レモン色のカーテンが、風にふわりと揺れています。
その日、イソッタの前に現れたのは、少し疲れた表情の60代の日本人女性でした。
「私、タバコを吸ったことがないのに、肺の病気になってしまったの。」
女性はそう言って、小さく笑いました。 けれど、その笑顔の奥には、不安と後悔が混じっていました。
イソッタは静かに耳を傾けます。
「毎日、先祖供養でお線香を焚いていたの。朝も夜も。心を落ち着ける大切な時間だった。」
カフェの奥では、エスプレッソを淹れる音が響きます。
「もちろん、本当の原因はわからないの。でも、お医者さんから、“煙を長時間吸い続ける環境には気をつけた方がいい”と言われたの。」
イソッタはそっと頷きました。
「日本のお線香文化は、とても美しいものよね。大切な人を想う時間は、心を整えてくれる。でも、“身体を守る工夫”も一緒に必要なのかもしれない。」
窓の外では、白い鳩が広場を歩いていました。
イソッタは小さなノートを取り出し、さらさらと何かを書きます。
「例えばね──」

彼女は優しく読み上げました。
・煙の少ない“微煙タイプ”のお線香を選ぶこと
・換気をしながら焚くこと
・長時間、煙を吸い続けないこと
・タバコを吸わないこと
・タバコ可のお店に長時間いないこと
・身体を守る食事を意識すること
「食事も大事なの?」
女性が尋ねると、イソッタは笑顔になりました。
「ええ。ブロッコリーやキャベツみたいな緑の野菜には、身体を守る栄養が含まれていると言われているの。もちろん、食べれば絶対安心というわけじゃない。でも、“身体をいたわる習慣”は、小さな魔法みたいなものよ。」
すると店主が、大きなお皿を運んできました。
ブロッコリーとレモンの温かいパスタ。 オリーブオイルの香り。 上には、細かく削ったチーズが雪のように舞っています。
「まあ、美味しそう。」
女性の顔が少し明るくなりました。
イソッタは言います。
「健康って、“怖がること”じゃなくて、“大切にすること”だと思うの。」
「大切にする……」
「ええ。空気も、食事も、休むことも。心配しすぎて毎日を暗くするより、“今日できること”を少しずつ選んでいくの。」
雨はいつの間にか止み、 石畳には淡い夕陽が差し込んでいました。
女性はゆっくり立ち上がり、 胸に手を当てます。
「ご先祖様を想う気持ちは、そのままでいいのよね。」
イソッタは優しく微笑みました。
「もちろん。大切なのは、“想う心”だから。」
そして彼女は、最後にこんな言葉を添えました。
「煙を減らす工夫をしながら、これからも静かに手を合わせればいいの。身体にも、心にも、やさしくね。」
カフェには、 レモンとハーブの香りだけが、 やわらかく漂っていました。
つづく


