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トド、、

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  • 4月16日
  • 読了時間: 3分

更新日:5月7日

北の海は、いつも静かに見えて、実は絶えず何かとせめぎ合っている。


冬の名残がまだ残る港で、漁師の男・佐吉は、


重たい網をゆっくりと引き上げていた。


指先は冷たく、潮の匂いが骨の奥まで染み込んでいる。


「また、やられたな……」


網の一部は無残に裂け、魚はほとんど残っていなかった。


犯人は分かっている。沖に悠然と姿を見せる、


巨大な影——


トド(ステラーカイギュウではなくトド)だ。


彼らは賢く、力強く、そして遠慮がない。


網にかかった魚を奪い、時には網そのものを壊してしまう。


「漁にならんよ、これじゃあ」


隣で若い漁師がため息をつく。


佐吉は何も言わず、ただ海を見た。


——だが、その日の夕方。


港の一角にある古びた作業場に、


ひとつの大皿が置かれていた。


仰々しいほどに大きく、


白磁に藍の波模様が描かれている。


まるで祝いの席のような皿だ。


その中央に、丁寧に並べられているのは——


トドの赤身の刺身。


薄く引かれた身は、ほんのりと深い紅色。


光を受けて、しっとりと艶めいている。


「……これが、あいつらか」


若い漁師が、箸を持つ手を少し止める。


「食ってみろ」


佐吉は短く言った。


小皿には、生姜をすりおろしたものと、濃い醤油。


刺身をそっと持ち上げ、生姜醤油に軽くつける。




口に入れた瞬間——


「……やわらかい」


思わず、声が漏れる。


牛肉とも、マグロとも違う。


ほんのりとした野性の香りがありながら、


舌の上でほどけるように消えていく。





脂はしつこくなく、


赤身の旨味だけが静かに広がる。


「うまい、だろう」


佐吉はゆっくりと頷いた。


「憎いけどな」


誰かがぽつりとつぶやく。


外では、またあの大きな影が海面に揺れている。


彼らは今日も魚を追い、人間の網を破り、自由に生きている。


「海は、あいつらのもんでもある」


佐吉は刺身を一切れ口に運びながら言った。


「俺たちは、借りてるだけだ」


しばらく誰も喋らなかった。


ただ、生姜醤油の香りと、静かな咀嚼の音だけが響く。


やがて若い漁師が、もう一切れ箸でつまみながら言った。


「……でも、やっぱり網は守らないとですね」


佐吉は少しだけ笑った。


「ああ。だから知恵を使うんだ。力じゃ勝てねえからな」


外の海では、トドがひとつ大きく跳ねた。


水しぶきが夕焼けに染まり、まるで何かの合図のように見えた。


その日、港では静かに理解されていた。


敵であり、恵みでもある存在。


奪い合いながら、同じ海に生きているということを。


そして大皿の上の赤身は、


その現実を、やわらかく、確かに語っていた。 


解説

ステラーカイギョウ(優しすぎる性格)

1741年の発見から1768年に絶滅。

ロシアの毛皮商人らによる肉や皮目的の過度な乱獲(乱獲)と、

仲間を助けようとする習性、そしてラッコの減少に伴う

生態系破壊による餌(海藻)の減少でのようです。





 
 
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