top of page

十四の風

  • x Happy
  • 6月1日
  • 読了時間: 2分

更新日:6月3日



春まだ浅い山形の朝。


主人公の陸上選手・悠真は、


『14歳』


全国大会を目前にしていた。


しかし、思うように記録が伸びない。


怪我こそないものの、自分の限界が見え始めている気がした。


「努力だけじゃ届かない壁があるのかな……」


そうつぶやきながら、悠真は合宿先の山あいを走っていた。


ある日、練習帰りに小さな酒蔵の前を通りかかる。


そこは、山形県の名酒、 十四代を生み出した蔵だった。


酒など飲める年齢ではなかった悠真だが、蔵の前で休憩していると、年配の蔵人が話しかけてきた。


「走るのかい?」


「はい。でも最近、自信をなくしていて……」


老人は微笑んだ。


「実はな、この酒も最初から有名だったわけじゃないんだよ。」


悠真は耳を傾けた。


蔵を営む高木家は、江戸時代から続く老舗だった。



そんな中、若き蔵元が考えた。


『誰も造ったことのないほど美味しい酒を造ろう。』


周囲からは無謀だと言われた。


高価な米を使い、手間を惜しまず、常識を疑いながら試行錯誤を続けた。


失敗もあった。



それでも諦めなかった。


そして生まれたのが十四代だった。


華やかな香り。


透明感のある甘み。


飲んだ人の心に残る酒。


やがて口コミが広がり、日本中の人々が憧れる酒となった。


老人は静かに言った。


「成功したから凄いんじゃなイ

誰も信じなかった時に、自分だけは信じ続けたことが凄いんだ。」


悠真はしばらく黙っていた。


夕暮れの蔵からは、ほんのりと米を蒸す香りが漂ってくる。


その香りは、不思議と心を落ち着かせた。


翌朝。


悠真はいつもより早く起きた。


山道を駆け上がる。


苦しい。


息が切れる。


それでも足を止めなかった。


「まだ決めつけるには早い。」


十四代を生んだ蔵人たちが何年も挑戦を続けたように、


自分ももう少しだけ挑戦してみよう。


そう思えた。


数か月後。


全国大会。


スタートラインに立つ悠真の胸に、不思議な緊張はなかった。


号砲が鳴る。


風を切る。


最後の直線。


観客席の歓声が遠く聞こえる。


そしてゴール。


電光掲示板には自己ベストの数字が輝いていた。


表彰台の上で悠真は、遠い山形の酒蔵を思い出した。


勝利の理由は才能ではない。


誰も見ていない場所で積み重ねた一歩一歩だった。


それは、米一粒一粒を大切に育て、 酒を醸し続けた蔵人たちの姿と、どこか似ていた。


山形の冬を越えて生まれる一滴の酒。


そして苦しい練習を越えて生まれる一秒の記録。


どちらも、人が夢を信じ続けた証だったのである。 


つづく

 
 
bottom of page