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La Strega真実は叫ばない②名前を呼ばない村

x Happy
7月5日
読了時間: 5分

更新日:7月20日

 

(真実は叫ばないシリーズのお話です .①から⑩まであり

最後はいつものLaStregaとリンクします)


その村の名は、


サンタ・ルチア・デル・ヴェント。


「風の聖ルチア」という意味だった。


アレッシオは翌朝、南へ向かう列車に乗った。


車窓には、ローマの石の色が消え、乾いた丘とオリーブ畑が広がっていく。


駅に着いた時、彼を待っていたのは、


一台の古い黒い車だった。


運転手はアレッシオをみつけると


アレッシオのほうにドアをあけて待っている様子、そして


ちかずいてきた。


運転手は帽子を深くかぶり、名乗らなかった。




「村へ?」





アレッシオがうなずくと、男は静かに車を走らせた。


村は、海を見下ろす崖の上にあった。


白い壁の家々。


閉じた鎧戸。


誰もいない広場。


まるで、住人全員が息をひそめているようだった。


中央には、小さな教会がある。


その扉には、銀貨と同じ紋章。


鍵穴のような印が彫られていた。





アレッシオが扉に手をかけると、背後から声がした。


「そこを開けるなら、戻れなくなるよ。」


振り返ると、黒い喪服の老女が立っていた。


彼女は小さな籠を持ち、中にはレモンが三つだけ入っている。


「あなたは誰ですか?」


老女は答えず、教会の扉を見つめた。




「昔、この村では、誰も名前を呼ばなかった。」


「名前を呼ぶと、その人を危険にさらすから。」


アレッシオの背筋に冷たいものが走った。


老女は続けた。


「でもね、いちばん怖いのは悪い人たちじゃない。」


「怖いのは、普通の人が、普通に黙ることなの。」


教会の中は暗かった。


祭壇には聖母像。


その足元に、古い帳簿が置かれていた。


開くと、そこには店の名前、土地の名前、港の名前。


そして、いくつもの空白。




名前が削られている。




いや、消されたのではない。



最初から書かれていないかもしれない。


アレッシオは悟った。


これは犯罪の記録ではない。



沈黙の記録だった。



誰が助けられなかったのか。



誰が見て見ぬふりをしたのか。



誰が恐れて、誰が耐えたのか。



その全部が、空白として残されていた。



その時、教会の鐘が鳴った。


一回。


二回。


三回。


外へ出ると、村人たちが広場に集まっていた。


誰もアレッシオを責めない。


誰も歓迎もしない。


ただ、一人の少女が前に出て、小さな紙を渡した。


そこには、震える字でこう書かれていた。


「私たちは、まだ終わっていません。」


アレッシオは顔を上げた。





広場の端に、''あの黒い帽子の老人'' が立っていた。


老人は静かに帽子を脱いだ。


そして初めて、深く頭を下げた。


まるで彼を案内したのではなく、


証人として招いたのだと言うように。



アレッシオはその瞬間、



記事を書くために来たのではないと分かった。


彼は、空白に名前を戻すために来たのだ。 


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


その夜、アレッシオは村の古い宿に泊まった。


窓の外では、ティレニア海から吹く風が、オリーブの葉をかすかに揺らしている。


眠ろうとしても、少女から渡された紙が頭から離れなかった。


「私たちは、まだ終わっていません。」


we aren't finished
we aren't finished


その言葉には、恐怖ではなく、静かな決意が込められていた。




夜中の二時。


宿の扉が、三度だけ静かに叩かれた。


コン、コン、コン。


開けると、誰もいない。


足元には、小さなランタンだけが置かれていた。


ランタンの横には、一枚の紙。


そこには短く書かれている。


「灯りを消して、ついて来て。」




アレッシオは少し迷ったが、ランタンを持って外へ出た。


月明かりだけが石畳を照らしている。


遠くに、一人の人影。


黒いマントを羽織った女性だった。


彼女は振り返ることなく歩き続ける。




村の外れには、何百年も前からあるレモン園が広がっていた。


木々の間を抜けると、小さな石造りの倉庫が現れる。


女性は古い鉄の鍵を差し込み、扉を開けた。


中には埃をかぶった木箱が何十個も積まれている。







しかし、中身はレモンではなかった。


古い手紙。


日記。


写真。


新聞の切り抜き。


何十年にもわたる、人々の暮らしの記録だった。


「これは……。」


女性は初めて口を開いた。


「歴史は、本だけに残るものではありません。」


「誰かが守り続けなければ、消えてしまう。」


一枚の古い写真が目に留まった。


港で笑う漁師たち。


市場で野菜を売る女性たち。


教会の前で遊ぶ子どもたち。


皆、普通の人々だった。












写真の裏には、こう書かれていた。



『本当の宝物は、人の名前である。』



アレッシオは息をのんだ。


これまで追ってきた「影」は、


誰かを英雄にする物語ではなかった。


普通に暮らしていた人々が、


静かに日常を守り続けた記録だったのだ。


その時、外で鐘が鳴った。


一度だけ。


女性の表情が変わる。


「時間です。」


「何の時間ですか?」


彼女は微笑んだ。


「村が、沈黙を終わらせる時間。」


二人が外へ出ると、広場には村人たちが集まっていた。


老人も、喪服の老女も、少女もいた。


一人ひとりが、小さなランタンを持っている。


誰も演説はしない。


誰も大きな声を上げない。


ただ、一人ずつ祭壇の前へ進み、家族や友人、先人たちの名前を静かに読み上げていく。


忘れられそうになった名前を、


もう一度この村に響かせるために。


アレッシオはその光景を見つめながら、手帳を閉じた。




今日の記事は書かない。




この夜は、記事にするためではなく、心に刻むための夜なのだ。



そして、夜明け前。



東の空が青く染まり始める頃、あの黒い帽子の老人がアレッシオの肩に手を置いた。


「君はここで一つ目の扉を開いた。」


「だが、まだ二つ目の扉が残っている。」


老人はポケットから、一枚の古い列車の切符を取り出した。






行き先には、ただ一つだけ印字されていた。


『シチリア』


老人は静かに微笑んだ。


「本当の物語は、海の向こうから始まる。」 





con affetto e stima

(愛情と尊敬をこめて)



つづく


 ー解説ー


出会いは偶然と必然。


芥川龍之介は、


運命は偶然より必然であるといったそうです。


『運命は偶然よりも必然である、

(運命は性格のなかにある)と言う言葉はけして等閑にうまれたものではない』


等閑・・物事をいいかげんに扱うこと、深くこころに留めないこと、、


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