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おMisoshiruuuuuuu

x Happy
8月26日
読了時間: 5分


――最中の味噌が溶けるまで------


夕暮れをとうに過ぎたころ。


執事の屋敷には、静かな夜が降りていた。


窓の向こうには、灯りが水面に細長く揺れている。


遠くを行く舟の音も、ここまではほとんど届かない。


その夜、執事は珍しく、白龍昇と同じ食卓についていた。


白龍昇は人の姿をとり、いつものように窓側の席に座っている。


食卓には、炊きたての白いご飯。


季節の野菜を少し。


焼いた魚。


そして二人の前には、蓋のついた小さな漆のお椀が置かれていた。


「今夜の味噌汁は、まだ出来ておりません」


執事が言った。


「食卓に出したのに?」


白龍昇が不思議そうに尋ねる。


執事は、小さな箱を差し出した。


中には、美しい最中が二つ並んでいた。


和菓子のようにも見える。


🎼「日本から届いた贈り物でございます」


「菓子か?」


🎼「いいえ。お味噌汁です」


白龍昇は最中を手に取り、しばらく眺めた。


「これが?」(これがおMisoshiruuuuu♬♬とおもったが、


執事のまえでは冷静に構えた)




「はい。中に味噌や具材が入っています。


お椀に入れて、熱いお湯を注ぐのだそうです」


二人は最中を椀に入れた。


執事がお湯を注ぐ。


ぱり、と小さな音がした。


しかし、すぐには溶けない。


モナカの中のお味噌汁
モナカの中のお味噌汁



最中の皮が湯の上に浮かび、ゆっくりと水分を吸い込んでいく。


白龍昇は箸を伸ばしかけた。


「崩してしまえば早い」


「ええ」


執事は答えた。


けれど、何もしなかった。


白龍昇も箸を置いた。


一分ほど経っただろうか。


まだ、完全には溶けない。


🎼「ずいぶん時間がかかるな」


「そこが、よろしいのではないでしょうか」


白龍昇が顔を上げる。


🎼「時間がかかることが?」


「はい」


執事は湯気の向こうの最中を見つめた。


「今は、何でも早くなりました。


手紙より通信。列車より飛行機。


調べ物も、買い物も、食事も。


待たないことが便利だとされています」


「便利なのは悪いことではない」


「もちろんです。ただ――待っている間にしか現れないものもございます」


♬「何が現れる?」


執事は少し考えた。


「昔のことです」


白龍昇は、再びお椀を見た。


最中の端が、ようやく崩れ始めている。


「昔か……」


「昇様は、何を思い出されましたか?」


白龍昇は答えなかった。


湯気を見つめていた。


やがて、ぽつりと言った。


「父のことを思い出した」


白嶺。


まだ白龍昇が若かったころ、空を渡ることを教えた父。


♪風を読むこと。


♪雲の重さを感じること。


♪嵐に逆らわないこと。


そして何より――


♪急がないこと。


「父はよく、雲が動くのを待っていた」


「白嶺様が?」


「ああ。私は若かったから、『飛び越えればいい』と言った。父は笑っていた」


白龍昇も少し笑った。


「『昇。越えられるものを、すべて越える必要はない』とな」


執事は黙って聞いていた。


しばらくして、白龍昇が尋ねる。


「お前は?」


「私でございますか」


「待っている間に、何を思い出した?」


執事はすぐには答えなかった。


最中がさらに崩れる。


味噌の香りが、少しずつ立ち上がってきた。


🎵「母の台所です」


白龍昇は何も言わない。


「子どものころ、夕食が出来るまで台所の近くに座っていました。


腹が減った、まだか、と何度も聞いたものです」


「お前にもそんな時代があったのか」


「私にも子ども時代くらいはございます」


二人は笑った。


🎶「母は決まって、『待っている時間も夕食なのよ』と言いました。


当時は意味が分かりませんでした」




「今は?」


執事はお椀を見た。


「少しだけ分かります」


二人の間に、静かな時間が流れた。


けれど、気まずい沈黙ではない。


むしろ、何かが満ちていくような時間だった。


白龍昇が言った。


「贈り物というものは、不思議だな」


「と申しますと?」


「これを贈った者は、味噌汁だけを贈ったつもりかもしれない」


「はい」


「だが実際には、我々に数分間の時間を贈った」


執事は少し驚いたように白龍昇を見る。


「なるほど」


🎼「しかも、その数分で私は父に会い、お前は母に会った」


最中は、もうほとんど形を失っていた。


執事が箸で静かに混ぜる。


味噌が湯に溶けていく。


ふわりと香りが広がった。


「出来ました」


「いや」


白龍昇は首を振った。


「出来たのは、味噌汁だけではないな」


執事は微笑んだ。


「さようでございますね」


二人は椀を持った。


一口飲む。


温かい。



(実際は、もなかの中には具がたっぷり入って高級感あります。)


けれど、白龍昇にとっては、長い旅のあとに帰ってきたような、


不思議な味がした。


白龍昇はもう一口飲んでから言った。


「明日も、これにしよう」


「まだございますが……」


執事は少し考え、


「毎日はおすすめいたしません」


「なぜだ」


「待つ時間まで日常になってしまいますから」


白龍昇は一瞬黙り、それから声を立てて笑った。


「なるほど。それでは、とっておこう」


窓の外では、蒼い夜がゆっくりと深くなっていた。


人は、何かが出来上がるまでの時間を、つい「待ち時間」と呼ぶ。


けれど本当は、その時間にも人生は流れている。


お湯を注いで、最中が溶けるまで。


ほんの数分。


その数分があるから、忘れていた人の顔を思い出すことがある。


昔の声が聞こえることがある。


もう会えない人と、【心の中で夕食を共にする】ことさえある。


だから、急いで崩さなくてもいい。


溶けるまでの時間もまた、【贈り物】なのだから。 



つづく


解説


平安時代、宮中で月を眺めながら宴を楽しむ文化がありました。


『拾遺和歌集』には、源順(みなもとのしたごう)の歌として、


「水の面に 照る月なみを 数ふれば 今宵ぞ秋の 最中なりける」


という歌があります。


ここでいう「最中(もなか)」は、現在のお菓子ではなく、


秋の真ん中、つまり中秋の名月のころを表しています。


やがて江戸時代になると、


満月のように丸い煎餅状のお菓子が作られ、月にちなんで



「最中の月」


と呼ばれるようになりました 。


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