エスプレッソ(兵役)
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- 4月6日
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ローマの午後は、少し乾いた風が石畳をなでていく。
ローマの古いカフェのテラスで、彼は小さいカップのエスプレッソをまず少し飲んだ。
遠くを見るように話し始めた。

「私の時代はね——」
彼はそう言って、少しだけ笑った。
彼はイタリアの兵役がまだあった時代、若かった。
「勉強するだけで、兵役を延期できたんだ。だからね、
本気で学びたい奴もいたけど、そうじゃない奴も山ほどいた」
カップを持ち上げる。黒い液体が小さく揺れる。
「兵役を避けるために、ただ“在籍しているだけ”の男たち。講義なんて聞いてない。ノートも取らない。ただ、そこにいる。それでよかったんだ」
彼の視線は、どこか遠いキャンパスに戻っている。
「大学はね……混んでいたよ」
少しだけ肩をすくめる。
「本当に席がないんだ。教室に入りきらなくて、階段に座る。廊下にまで人があふれる。教授の声なんて、後ろには届かない。それでも皆、そこにいた。真面目に勉強したいやつは、大学に早くに来て、ちゃんと席を確保する、自分はそうしていた、大学で勉強もしたかったし、椅子に座りたかったからね。」
「なぜ椅子の数が足りないかっていうと、、、
理由は簡単だ。学びじゃない。“時間”を稼ぐためさ。」
彼はふっと笑う。
でもその笑いには、少しだけ苦味が混じっていた。
「面白いだろ?大学って、本来は未来のための場所なのに、
あの頃は“今から逃げる場所”だった」
通りを歩く若者たちを目で追う。
「でもね、不思議なことに——」
少し声を落とす。
「何もする気がなかったはずの奴らの中にも、
変わる奴がいたんだよ」
「最初はただ座ってるだけ。兵役を先延ばしにするためだけの毎日。
でも、ある日ふと教授の言葉が耳に入る。
あるいは、隣のやつが真剣に議論しているのを見る」
「するとね……少しだけ、火がつく」
彼は胸のあたりを軽く叩いた。
「ほんの小さな火だ。でも、それで人生が変わる奴もいた」
「だから私は思うんだ」
エスプレッソを二口目で飲み干し、
カップを静かに置く。
「無駄に見える時間って、本当は無駄じゃないのかもしれないってね」
風が少し強くなり、テーブルの紙ナプキンが揺れた。
「逃げるために入った大学で、人生に捕まる——そんなこともあるんだ」
彼は立ち上がり、軽く手を振る。
「まあ、今の若い奴らには、あまり関係のない話かもしれないけどね」
そう言いながらも、その目はどこか優しかった。
遠い時代を知っている人間だけが持つ、
少しの後悔と、少しの誇りを宿して。
解説
イタリアは2005年1月より徴兵制を廃止。2005年より志願制です。


