ガラスの灰皿(バーテンダーの昭和の思い出)
- x Happy
- 4月8日
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静かな夜だった。
カウンターの上に置かれた一つの灰皿——
それは、かつてサントリーが配っていたガラス灰皿だった。
バーテンダーは、それを指でそっとなぞった。
昔はサントリーはサービスがよかったなあ。
お酒を仕入れると、グラスだけでなく、ガラスの灰皿までくれたなあ、、、
透明なガラスに刻まれたロゴは、少しだけ擦れている。
「……ずいぶん、長い付き合いだな」
低く呟く声は、店内に溶けていく。
——あの頃は、煙が当たり前のようにここにあった。
紫煙の向こうで笑っていたのは、テレビでよく見る顔。
ある夜は、吉元拓郎の歌が流れ、
別の夜には、沢元研二がグラスを傾けながら冗談を言っていた。
「景気がいいってのは、こういうことかね」
誰かがそう言って、氷の音を響かせる。
バブル前夜——いや、もうすでに始まっていたのかもしれない。
日本は、まるで止まることを知らないエレベーターのように、
上へ上へと昇っていた。
世界の企業100番の中に
日本企業は数社はいっていた。
特にNTT,トヨタは強かった。
グラスも、会話も、夢も、全部が少し大きかった。
灰皿の中には、ただの吸い殻以上のものが積もっていった。
恋の始まりもあれば、終わりもあった。
大きな契約が決まった夜、誰かが泣いていた夜。
歌手が新曲の一節を口ずさみ、俳優が役の悩みを漏らす。
すべて、この小さな円の中で起きていた。
バーテンダーは灰皿を持ち上げ、光にかざす。
「全部、ここにある」
今では禁煙になった店。
煙の匂いは消え、代わりに静けさが残った。
だが——
ガラスは覚えている。
あの時代の熱を。
人の息遣いを。
未来が無限に続くと、本気で信じていた夜を。
カラン、と氷が鳴る。
彼は新しいグラスにウイスキーを注ぎながら、
もう一度、灰皿に視線を落とした。
「……また、来るかもしれないな。ああいう夜が」
そう言いながらも、どこかで分かっている。
同じ時代は、二度と戻らない。
けれど——
思い出は、消えない。
ガラスの中で、静かに光り続けている。
解説
昔、企業ではノベルティグッズがあった。サントリーの灰皿もその一つ、
今ではメルカリなどで昔のノベルティーが売られている。


