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バーテンダーの熱い記憶

  • 歯科25City
  • 4月3日
  • 読了時間: 5分

 ~1976年、表参道の夜~

原宿の裏通りの小さなBar
原宿の裏通りの小さなBar

彼は記憶をなつかしんでいる。

彼は思い出すととても華やかな記憶がたくさんある。


「私はもう今年で七十七になる。」


回想


原宿の裏通りで小さなバーを営んでいた頃の話だ。

あの店は「ブルー・ムーン」と名付けた。

表参道から一本入った路地にひっそりと構え、

看板も出さず、常連だけが知る隠れ家だった。

五十年前、正確には一九七六年、九月の終わり頃。

まだクーラーなど贅沢品で、店内は煙草の煙と汗と、

若者たちの熱気でむせ返っていた。


その夜、ドアが静かに開いた瞬間、私はグラスを磨く手を止めた。


最初に入ってきたのは矢野永吉だった。

革のジャケットを肩にかけ、ジーンズの裾を踏みしめるように歩く。

続いて井下陽水。白いシャツの襟を少し開け、細い指に煙草を挟んでいる。

そして最後——吉元拓郎。


拓郎さんだけは、別格だった。


他の二人がカウンターに腰を下ろすと同時に、

彼はまるで舞台の中央に立つように、店の空気を一瞬で変えた。

穏やかな笑顔の奥に、誰も真似できない重みがあった。

あの頃、拓郎さんはすでに「フォークの王様」と呼ばれ、

矢野はロックの荒くれ者、陽水は詩人肌のシンガーとして、

それぞれの道を突き進んでいた。


三人が同じテーブルに並ぶこと自体が、

珍しいでもなく、わりと日常だった。

常連としてきていただいていた。


「拓郎、久しぶりだな」


矢野がグラスを掲げ、声を張った。


「久しぶりって、先週もあっただろう、何いってんだよ。」


「陽水も元気か? お前、最近モデルとデートしてるって本当かよ」


陽水は苦笑いしながら、ストレートのバーボンを一口。


「まあ……世界のランウェイを歩く子だよ。パリと東京を往復してる。

俺の曲を向こうで流してくれるって、

白い歯を見せながら

笑いながら言うんだ。はは、馬鹿みたいだろ」


その頃、井下陽水は本当に、世界的有名モデルと付き合っていた。

名前は出さない。

彼女の存在自体が、陽水の周囲に異様な輝きを添えていた。

彼女は東洋の神秘といわれていた、、、

フォークシンガーが、国際的なファッションの頂点にいる女性と恋に落ちる——

そんな話が、音楽業界の噂の中心だった。

陽水はそれを照れもせず、でも決して自慢げにも語らなかった。

ただ、時折、煙草の煙の向こうで、遠い目をした。


三人はすぐに熱くなった。


拓郎さんが「最近のライブはどうだ?」と水を向けると、

矢野が拳を軽くテーブルに叩いた。


「俺は客をぶっ飛ばすんだよ。ギターを抱えて、汗だくで。

フォークみたいに優しく歌うんじゃねえ。ロックは体でぶつかるもんだろ、拓郎!」


「矢野、つばとばすなよ!」

と拓郎がつばをよけながら言う。


陽水が静かに、しかし熱を帯びて続ける。


「でも、言葉が残るんだよ、矢野。俺の曲は、夜中に一人で聞くためのものだ。

拓郎のフォークも、そうだろ?

 お前ら二人は派手だけど、俺は……影で歌う」


拓郎さんは笑いながら、グラスを回した。


「影も光も、どっちも必要だろ。俺はただ、歌いたいように歌ってるだけさ。

でもお前らを見ていると、

俺もまだまだだなって思うよ」


会話は止まらなかった。


日本の音楽がこれからどうなるか。

アメリカのロックに負けないか。

観客が本当に求めているのは何か。

煙草の灰が灰皿に積もり、

ウィスキーの氷が溶けていく。

僕は黙って三人のグラスに注ぎ足し、時折、ナッツを添えた。

バーテンダーとして、ただそこにいるだけで十分だった。

あの三人の声が、店の壁に染み込んでいくのを感じていた。


時計が午前12時を回った頃、拓郎さんがふと立ち上がった。


「今日はここまでだ。お前ら、ありがとうな」


彼だけが、別格だった。


他の二人がまだグラスを握ったまま、拓郎さんはコートを羽織り、ドアを開けた。

外の路地に、黒いリンカーンが静かに停まっていた。


アメリカから取り寄せたという、

長いボディの豪華な車。


運転手がドアを開け、拓郎さんは振り返らずに乗り込んだ。

テールランプの赤い光が、表参道の銀杏並木に溶けていくのを、

僕は窓から見送った。


店内に残った矢野と井下は、しばらく無言だった。


やがて矢野が小さく笑った。


「あいつは……別格だな」


陽水が頷く。


「拓郎は拓郎だよ。俺たちは、ただの仲間さ」


その夜、私は三人のグラスを洗いながら、胸の奥が熱くなるのを感じた。


原宿表参道は、まだ若かった。竹下通りはこれからファッションの聖地になり、

表参道は世界のブランドが並ぶ通りになる前の、

荒削りで、でも輝いていた時代。音楽も同じだった。

三人の声は、日本の夜に新しい風を吹き込んでいた。


五十年の時が流れた今、私はもう店を閉めようと思っている。


カウンターの奥に、あの黒いリンカーンのテールランプの残像が、

まだかすかに残っている気がする。


拓郎さんはもういない。


矢野も井下も、それぞれの道を歩み終えた。


でも、あの夜の熱だけは、僕の胸の中で、今も燃え続けている。


先週、店を片付けていると、古いレコード棚の奥から一枚の写真が出てきた。


三人が笑いながらグラスを掲げ、私が少し離れて写っている。

誰が撮ったのか、今もわからない。

でも、そこに写る僕の目が、涙で潤んでいるのがはっきり見えた。

あの夜、私はただのバーテンダーではなかった。

三人の音楽に、人生のすべてを注いだ若者たちの熱に、

胸を焦がされていたのだ。


店を閉めた後、私は最後にカウンターのランプを消した。


暗闇の中で、かすかに聞こえるような気がした——


遠くから流れてくる、拓郎さんのギター。

矢野の叫びのような歌声。陽水の優しいメロディー。


それらはもう、僕だけのものじゃない。


何万、何十万もの人々の胸に、五十年の間、ずっと灯り続けている。


僕の小さな店は消える。


でも、あの夜が生んだ炎は、永遠に消えない。


ただのバーテンダーだった私が、人生で一番の奇跡を、


この目で、この耳で、この心で、受け止めたこと。


それだけで、十分だった。


ありがとう、拓郎さん。


ありがとう、矢野。


ありがとう、陽水。


——これが、ただのバーテンダーが見た、

五十年前の原宿の、最後の物語だ。


そして、僕の、永遠の物語だ。 


モデルの彼女


資生堂のカレンダーの彼女は、

今の時代でも斬新といわれている

 
 
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