ファースト ラブ
- x Happy
- 5月5日
- 読了時間: 4分
更新日:5月7日
#『ファーストラブ』
室蘭の海は、どこか無骨で、でも優しかった。
冬になれば風は頬を刺し、夏でもどこか涼しい。
そんな街で育った少年――涼(りょう)は、人の気持ちに敏感な子だった。
誰かが少しでも寂しそうにしていれば気づき、
何も言わずに隣に座る。
誰かが困っていれば、自然と手を差し伸べる。
「お前は、気を遣いすぎだな」
父にそう言われても、涼はただ笑うだけだった。
やがて高校を出て、涼は札幌へ進学、あらたな道に進んだ。
進みたいと思う道はいくつかあった。
しかし
あるとき友人にさそわれて、人手不足のレストランのアルバイトを引き受けた。
時間の合間に、なんども友人から話があり、アルバイトの回数は
自然と増えていった。
最初は皿洗い。
次はホール。
やがてキッチン。
気づけば、誰よりも早く動き、誰よりも細かく周りを見ている自分がいた。
「お前、店任せてもいいか」
姉妹店を計画する
お店のオーナーの
その一言で、彼の人生は変わった。
小さなイタリアンバル。席数は少ないが、温かみのある店。
涼は店長になった。
彼の店は、不思議と人が集まる。
理由は簡単だった。
「いらっしゃいませ」
その一言に、心がこもっているからだ。
グラスの水が減っていればすぐ気づく。
料理のペースも、会話の空気も、すべてを読み取る。
気配りとは、押しつけではなく、自然にそこにあるもの――
それを彼は知っていた。
そんな店に、三人の女性が通うようになる。
一人目は、美咲。
静かで大人びた女性。
ワインをゆっくり飲みながら、
本を読むのが好きだった。
「このリゾット、優しい味ですね」
その言葉に、涼は少しだけ照れた。

二人目は、明るい笑顔の由奈。
仕事帰りにふらっと来て、カウンターでよく話す。
「店長ってさ、絶対モテるよね?」
「いやいや…そんなことないですよ」
「あるある。絶対あるって」
彼女はいつも、そう言って笑った。
三人目は、どこかミステリアスな綾。
あまり多くを語らないが、涼のことをよく見ている。
「あなた、無理してるでしょ」
そう言われたとき、涼は一瞬だけ言葉を失った。
三人とも、違う魅力。
そして三人とも、少しずつ涼に惹かれていった。
だが涼自身は、気づいていない。
いや、気づかないふりをしていた。
ある日、仕事帰りにふと立ち寄ったコンビニ。
何となく目に入った宝くじ。
「まあ、運試しに…」
軽い気持ちで一枚買った。
それが、人生をまた変えるとは思いもせずに。
数週間後。
「え……?」
番号が一致していた。
何度見ても、同じ。
当たっている。
しかも、想像以上の額。
手が震えた。
その夜、店のカウンターに立ちながら、涼は考えていた。
お金があれば、楽になる。
新しい店も持てる。夢も広がる。
でも――
「店長、どうしたの?」
由奈の声に、はっとする。
「いや、ちょっと考え事を…」
「珍しいね」
その時、奥で美咲が静かに言った。
「人って、大きな選択の前だと、顔に出ますよね」
そして綾が、少しだけ笑った。
「あなたは、きっと変わらない人」
その瞬間、涼は気づいた。
自分が欲しかったものは、何か。
数日後。
店は変わらず、いつもの灯りをともしていた。
「いらっしゃいませ」
変わらない声。変わらない笑顔。
宝くじのことは、誰にも言っていない。
ただ一つだけ、変わったことがある。
閉店後、カウンターに三人が並んでいた。
少し緊張した空気。
涼は、ゆっくりと口を開いた。
「僕、ずっと気づいてなかったんですけど…」
少しだけ間を置いて、
「好きな人、いました」
三人の空気が止まる。
「室蘭にいた頃、初めて好きになった人がいて」
それは、幼なじみの少女。
何でもない日々。何でもない会話。
でも、その時間が一番大切だった。
「それが、僕の“ファーストラブ”です」
三人は、静かに聞いていた。
そして由奈が、ふっと笑った。
「そっか。勝てないや、それは」
美咲も頷く。
「過去の恋って、強いですから」
綾は、最後に一言だけ。
「でも、それを大事にできる人、いいと思う」
その夜、涼は一人で店を片付けながら思った。
お金よりも、今あるこの場所。
出会い。会話。空気。
そして――
誰かを大切に思った記憶。
外に出ると、札幌の夜風が静かに吹いていた。
どこか、室蘭の風に似ていた。
涼は少しだけ空を見上げて、笑った。
「……悪くないな」
彼の物語は、まだ続く。
そして“本当の恋”は、これから始まるのかもしれない


