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マシュマロ

  • x Happy
  • 4月6日
  • 読了時間: 3分

ある晴れた春の日――


マシュが女の子の口の中で、ふわりと溶けた、その瞬間でした。


世界が、少しだけ――傾いたのです。

マシューとアリス
マシューとアリス

甘さが、ただの甘さではなく、


“記憶”と“物語”を運ぶ風になったとき、


女の子の枕元に、ひとつの小さな扉が現れました。


カチリ。


音もなく開いたその扉から、


青いドレスの少女が顔をのぞかせます。


―― 不思議の国のアリス でした。


「まあ……なんて優しい香りなのかしら!」


アリスは部屋に入るなり、くるくると回って言いました。


その足元には、さっきまで“ただのマシュマロ”だったマシュが、ふわりと浮かび上がっています。


「君がマシュね? ずいぶん素敵なお仕事をしているじゃない」


マシュはびっくりして、少しだけ形を崩しました。


「えっ……君は誰? ここ、森じゃないよ?」


「私はアリス。いろんな“境目”を通り抜けるのが得意なの。夢と現実の間とか、悲しみと笑顔の間とかね」


そう言って、アリスは女の子の額にそっと手を当てました。


「この子、ちゃんと“甘さ”を受け取れてる。あなた、いい仕事をしてるわ」


そのとき、部屋の隅で何かがにやりと笑いました。


「ほう……“薬だった甘さ”か。面白いじゃないか」


振り向くと、そこには


木の影に溶けるようにして、


チェシャ猫 が浮かんでいました。


「消えたり現れたりする笑顔と違って、君は“残る優しさ”だねえ」


マシュは少し照れながら答えました。


「ぼく、昔は本当に薬だったんだ。誰かの苦しさを、少しでも楽にしたくて……」


「今も同じだろう?」とチェシャ猫。


「ただ形が変わっただけさ。昔は喉を、今は心を癒してる」


アリスはうん、と満足そうにうなずきました。


「ねえマシュ、ひとつ提案があるの」


「なに?」


「あなた、“不思議の国”に来てみない?


あそこにはね、泣き虫な帽子屋も、怒りっぽい女王も、寂しがりのウサギもいるの」


遠くで、慌てた声が聞こえました。


「遅刻だ遅刻だ大変だー!」


それは


白ウサギ でした。


「みんなね、“心の調子”がちょっと不安定なのよ」


アリスは少しだけ真剣な顔になります。


「あなたの甘さがあれば……きっと、あの国も少し優しくなる」


マシュは考えました。


森での誕生日。


古い根っこの記憶。


そして今、目の前で眠る女の子の穏やかな寝息。


「……うん」


マシュはふわっと形を整えました。


「ぼく、行ってみたい。


“誰かを笑顔にする場所”なら、どこへでも」


その瞬間、部屋の空気がやわらかく揺れ、


ベッドの横にあった扉が、大きな渦へと変わりました。


アリスが手を差し出します。


「さあ、“甘い冒険”の始まりよ」


マシュは一瞬だけ振り返りました。


眠る女の子の口元には、


ほんの少しだけ笑顔が残っていました。


――それを見て、安心したように。


「またね」


小さくそう呟いて、マシュはアリスの手のひらへ。


ふわり。


ふたりは光の中へと消えていきました。


その夜、遠くの森では


ウスベニタチアオイの花が、ひときわ大きく揺れました。


それはまるで――


「いってらっしゃい」


と、送り出しているようでした。


そして、不思議の国ではその後――


紅茶にマシュマロを浮かべて、


帽子屋が泣きながら笑い、


女王が怒るのを忘れて、


「……ちょっとだけ甘いわね」と呟き、


チェシャ猫が、いつもより長く残る笑顔を見せたと言います。


マシュは知りました。


“薬だった頃の自分”も、


“お菓子になった今の自分”も、


どちらも同じ――


誰かの世界を、ほんの少し優しくするためにあるのだと。


そして今日もどこかで、


ふわりと溶ける甘さの中に、


小さな声が混ざっているのです。


――ようこそ、不思議でやさしい世界へ。


解説マシュマロは薬草から生まれたお菓子でした。

マシュマロの語源となった原料植物はアオイ科のウスベニタチアオイ。


 
 
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