二つの世界
- x Happy
- 4月16日
- 読了時間: 3分
朝の光が、巣の入口から細く差し込んでいた。
その光の中を、リリは迷いなく飛び出した。
もう彼女は、立派な外勤のミツバチだった。
1( 光の中の自分 )
風はやわらかく、花は開いている。
リリは一つ一つの花に降り立ち、蜜を集めていく。
その動きには、もう迷いがなかった。
空は広い。
どこまでも行ける気がする。
「飛ぶって、こんなに自由なんだ」
そう思ったとき——
ふと、胸の奥に、別の温度がよみがえった。
暗くて、あたたかい場所。
巣の奥で過ごした日々。
2( 内側にあった世界 )
リリは覚えている。
自分がまだ飛べなかった頃のことを。
幼虫に餌を与え、

温度を守り続けた日々。
あのときの自分は、外を知らなかった。
けれど——
何も知らなかったわけじゃない。
「命がここで育っている」ことも、
「蜜が未来になる」ことも、
ちゃんと知っていた。
3 ( 蜜の重み )
花から蜜を吸い、体にためる。
リリはその重みを感じる。
——これは、ただの甘さじゃない。
巣に戻れば、誰かがそれを受け取り、
誰かがそれを変え、
誰かがそれで生きていく。
その「誰か」は、かつての自分だ。
「私、知ってるんだ」
リリは空の中で小さくつぶやく。
「この蜜が、どんなふうに大切にされるか」
それは、内勤だった頃にしか得られなかった感覚だった。
4 ( 帰る場所 )
巣に戻る。
仲間がすぐに近づいてくる。
リリは蜜を渡す。
その手つき、その動き。
すべてが懐かしい。
まるで、時間が一瞬だけ巻き戻ったようだった。
「おかえり」
巣に戻ると皆が一斉にいってくれた。
いわない仲間もいたけど
内側のこころの声は聞こえた。
おかえり
いってらっしゃい
その言葉で
いつも
気持ちは軽くなる
5 どちらも、私
その夜。
巣の中で、リリは少しだけ羽を休めていた。
外で風に揺れた体は、まだほんのりと熱を持っている。
その熱の奥に、もう一つのぬくもりがあった。
——内勤の頃の自分。
誰にも見られず、
誰にも気づかれず、
それでも確かに、巣を支えていた自分。
リリは思う。
「私、あの頃の私も好きだな」
外を知らなかったけれど、
ちゃんと世界を守っていた。
そして今——
「今の私も、すごく好き」
空を飛び、光を浴び、
世界の広さを知った自分。
どちらか一方じゃない。
どちらも、自分だ。
終章 ふたつの羽音
リリは再び飛び立つ。
空へ向かう羽音と、
巣へ帰る羽音。
その両方が、彼女の中にある。
内勤だった日々が、外勤の自分を支え、
外勤の今が、内勤だった自分を誇りに変える。
だから彼女は、もう迷わない。
「私は、どっちの私も大好き」
光の中を飛びながら、
リリは静かに笑った。
その羽音は、どこまでもやさしく、
そして確かに——
ひとつに重なっていた。


