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二人なら笑える

  • x Happy
  • 5月9日
  • 読了時間: 3分

更新日:5月26日

『二人なら笑える、ひとりなら少し怖い』


朝子が働く小さなカフェレストランには、少し古びた更衣室があった。


壁紙は薄いクリーム色。 小さな丸い鏡。 誰が置いたのかわからないラベンダーの芳香剤。 そして——問題のドア。


そのドアは、時々、気まぐれに開かなくなる。


店長は言う。


「コツがあるんだよ。ちょっと上に持ち上げながら引くの」


だが、その“コツ”が通じない日がある。


朝子は最初、その話を聞いた時、 「古い建物ってそういうのありますよね」 と笑っていた。

けれど、実際に閉じ込められると、少し話は違う。


その日、朝子は同じアルバイトの美紀と一緒に着替えを終えた。


「お疲れさまー」


「今日、忙しかったねえ」


そんな会話をしながら、美紀がドアノブを回した瞬間。


——ガチャ。


開かない。


もう一度。


ガチャガチャ。


「……あれ?」


「え、うそ」


二人で笑いながら引っ張る。


押してみる。


持ち上げる。


でも開かない。


「やだ、閉じ込められた?」


「店の中にいるのに、店に電話するしかないじゃん!」


朝子は笑いながらスマホを取り出した。


「もしもし? 更衣室なんですけど……出られなくなりました」


電話口の店長が吹き出す。


『いや、店の中にいるのに電話してくるのおもしろすぎるでしょ』


その言葉に、更衣室の中でも二人で大笑いした。


結局、外から強めに引っ張ったら開いた。


ドアが開いた瞬間、 二人で拍手までした。


「生還ー!」


「やばい、監禁事件だったね」


帰り道も、その話でずっと笑っていた。


けれど。


朝子はふと思った。


——これ、もし一人だったら。


静かな更衣室。


誰もいない店内。


閉まったままのドア。


ガチャ。


ガチャ。


開かない。


急に、自分の呼吸音だけが聞こえる。


そう考えると、少しだけ背中が寒くなった。


実際、この店には、 “二人なら笑えるけど、一人なら怖い” ことが、いくつかあった。


たとえば閉店後のキッチン。


誰もいないはずなのに、 奥で「カタン」と音がする。


二人なら、


「ネズミかな?」


「店長が隠れてるんじゃない?」


と笑える。


でも、一人で洗い物をしている時に聞こえると、 スポンジを持つ手が少し止まる。


ある日、朝子はひとりでレジ締めをしていた。


すると、厨房の奥で、


——チン。


誰も入れていない電子レンジが鳴った。


朝子は固まった。


でも翌日その話をしたら、美紀が大笑いした。


「タイマー残ってただけじゃん!」


確かにそうだ。


でも、夜の店でひとりきりだと、 そんな当たり前が少し怖くなる。


またある日は、冷蔵庫の横の細い通路。


二人で通る時は、


「狭いー!」


「痩せなきゃー!」


なんて笑いながら肩をぶつけて通る。


けれど、一人で通る夜。


冷蔵庫のモーター音だけが低く響く中、 後ろに誰か立っている気がして、 急いで抜けたこともあった。


朝子は思う。


怖い話というのは、 幽霊そのものじゃない。


“誰もいない” という静けさが、 人を怖がらせるのだ。


だから人は、 誰かと一緒に笑う。


「やだ怖い!」


と言いながら、 隣の人の存在に安心する。


あの壊れた更衣室のドアも、 二人だったから、ただの笑い話になった。


もし朝子が一人だったら、 あんなふうに笑えなかったかもしれない。


でも今では、 更衣室の前を通るたびに美紀が言う。


「今日も閉じ込められる?」


すると朝子も笑う。


「二人ならいいよ」


そして二人は、 少しギシギシ鳴るドアを開けて、 今日も制服に着替えるのだった。


つづく


解説

一人より二人のほうが、

世界観がかわるお話をかいてみました。

なにより、

狭い空間にいるときは、

二人のほうが安全ということも。

 
 
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