今を楽しむ(ティレニアの海)
- x Happy
- 4月14日
- 読了時間: 3分
その午後は、どこか時間がゆっくりと溶けていく。
潮の香りがやわらかく風に混じり、白い石壁のレストランのテラスに、
光が反射して揺れていた。
ティレニア海の青は、穏やかだった。
荒れた海をまだ一度もみたことがない。
思い出をしずめる
向こうから歩いてくる
老夫婦の来ているお召し物は
グリーン系で色をあわせて、コーディネート。
手をつないでいる。
お互いを長い間支えあい、守り愛なんだと
誰もがわかる。
海沿いのレストラン
テラスの席に座ると、海はすぐそこだった。
波はない。潮の香りもあまりしない。
不思議な海。
会話の合間を埋めるようにカモメの声が時折聞こえる。
彼女は、グラスの中の白ワインを少しだけ揺らしながら笑う。
彼は、その仕草を何度も見てきたはずなのに、毎回少しだけ見惚れてしまう。
「ここ、覚えてる?」
彼女がそう言ったとき、彼はすぐには答えなかった。
忘れていたわけではなく——むしろ、忘れたことが一度もなかったから。
地中海のシーフード料理
ドライアイスの演出がなんともおしゃれに感じる。
テーブルに並ぶ料理は、どれもシンプルで、そして豊かだった。
鮮魚の盛り合わせを冷やすように
その下から白い煙がふわふわっとでてくる。
焼きたてのフランスパン。
オリーブオイルの香り、レモンの酸味、焼きたての魚。
素材そのものが語るような味。
「変わらないね、この味」
彼女が言うと、彼は小さく頷く。
「うん。でも——」
「何?」
「一緒に食べる人で、こんなに違うんだなって思う」
彼女は少しだけ目を伏せて、それから笑った。
その笑顔には、昔よりも少しだけ深い影と、やさしさがあった。
二人の思い出
あの頃の二人は、未来のことばかり話していた。
どこへ行くか、何になるか、どんな人生を選ぶのか。
でも今は違う。
未来を語る代わりに、
同じ時間を静かに味わうことが、何よりも大切になっていた。
店内のお客さんの声
グラスが触れ合う小さな音。
遠くで笑う人々の声。
そのすべてが、
「ここにいる」という事実を、やさしく包んでいた。
存在が大切なお互いの二人
言葉は、もう多くはいらなかった。
ただ隣にいること。
同じ景色を見て、同じ料理を味わうこと。
それだけで、十分だった。
彼は思う。
——この人がいる限り、どこでもいい。
彼女もまた思っている。
——この人となら、どこへでも行ける。
夕日がゆっくりとティレニア海に沈んでいく。
オレンジ色に染まる世界の中で、
二人は、何も約束しなかった。
それでも、確かに分かっていた。
これからも、
同じ時間を、
同じように、大切にしていくのだと。
今をたのしむ。


