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六花 ― 心の色・万年筆

x Happy
8月19日
読了時間: 5分

更新日:8月26日



夜更け。


白龍昇と執事の屋敷には、音もなく雪が降っていた。




庭の石灯籠にも、松の枝にも、薄く白い雪が積もっている。


窓の外を眺めていた執事は、しばらくして書斎へ戻ると、


机の上に一冊の日記帳を置いた。


そして胸のポケットから、一本の万年筆を取り出した。


その横には、小さなインク瓶。


🎼パイロットの「色彩雫シリーズ」。


色の名は――六花。


六花 リッカという色(パイロット社)
六花 リッカという色(パイロット社)



白龍昇が気づいて尋ねた。


「その青を、ずいぶん気に入っているようだな」


執事は、少しだけ嬉しそうに笑った。


「はい。私は、この六花の色が好きなのです」


「なぜだ?」


執事はインク瓶を灯りに透かした。


「六花というのは、雪の別名でございます。


雪の結晶が六角形をしていることから、


六枚の花びらを持つ花のように見える。


それで昔の人は、雪を『六花』と呼んだのでしょう」


白龍昇は窓の外へ目を向けた。


「空から花が降ってくる、と考えたのか」


「ええ。美しい言葉だと思いませんか」


執事は万年筆のペン先を紙に置いた。


さらさら、と青い線が生まれる。


鮮やかすぎない。


けれど、暗すぎもしない。


冬の朝、まだ誰も歩いていない雪原に、ほんの少し青い空の色が映ったような青だった。


白龍昇はその文字を見つめた。


「だが、雪なら白だろう。なぜ青なのだ」


執事は少し考えてから答えた。


「私には、雪そのものの色というより――雪を見ているときの心の色に思えるのです」


「心の色?」


「はい。雪の降る朝は、世界が静かになります。


音が遠くなり、人の足跡もまだない。


冷たいのに、なぜか心が澄んでいく。その静けさを色にしたら、


私はこんな青になるような気がします」


白龍昇は黙って聞いていた。


執事は続けた。


「それに六花という言葉には、不思議なところがあります」


「何だ」


「同じ形の雪の結晶は、ほとんどないと言われます。


けれど、どれも六角形という同じ法則の中に生まれる」


執事は一文字ずつ、ゆっくりと日記に書いた。


六花。


「人間も似ているのかもしれません。


同じ世界に生き、似たような毎日を過ごしていても、


一人として同じ人生にはならない」


白龍昇は小さく笑った。


「執事よ。インク一本から、ずいぶん遠くまで旅をするものだな♪」


「万年筆とは、そういう道具でございます」


「ほう?」


「文字を書くためだけの道具ではありません」


執事は万年筆を指先で静かに回した。


「自分の手で文字を書くと、不思議と考える速度がゆっくりになります。


キーボードなら数秒で打てる言葉でも、


万年筆なら一画ずつ書かなければならない」


そして、青い文字を指した。


「だから、その間に自分の心を見ることができます」



白龍昇は椅子に腰を下ろした。




「では、お前が毎晩日記を書くのも、そのためか」


「はい。誰にも見せません。上手な文章である必要もありません。




今日嬉しかったこと。腹が立ったこと。失敗したこと。


誰かに言われて忘れたくない言葉……」


少し間を置いて、


「そして、ときには、書いた翌朝に読み返して、恥ずかしくなります」


白龍昇が笑った。


「それも残すのか?」


「残します」


「なぜ消さない」


「それも、その日の私だからでございます」


白龍昇の表情から笑みが消え、代わりに静かな眼差しになった。


外では、まだ雪が降っている。


執事は言った。


「日記というのは、立派な自分だけを保存する場所ではないと思うのです。


迷った自分も、弱かった自分も、少し意地悪だった自分も書いておく。


そして何年か後に読むと――」


「どうなる?」


「『ああ、この頃の私は、こんなことで悩んでいたのか』と思える日が来ます」





ガラスの向こうを、一片の雪がゆっくり落ちていった。



「雪は積もるが、いつか消える」


「はい」


「人の一日も同じか」


「だから、書くのでございます」



執事の声は静かだった。


「何も書かなければ、今日という日は記憶の中で少しずつ形を失っていきます。


しかし自分の筆跡で残した一行を見ると、


不思議なほど、その日の自分が戻ってくることがあります」


そして執事は、机の引き出しから一通の手紙を取り出した。


「手紙なら、なおさらです」


白龍昇が振り返る。


「私は、万年筆で書いた手紙には、少しだけ【魂が宿る】と思っております」


「魂?」


「文字が美しいからではありません。震えた線、急いだ文字、迷って止まったインク、


書き直した跡……そういうものまで、その人がそこにいた証になるからです」


執事は微笑んだ。


「同じ『ありがとう』でも、印刷された文字と


大切な人が自分のために時間を使って書いてくれた文字では、


受け取るものが少し違います」


白龍昇はしばらく何も言わなかった。


やがて、机の上の六花のインク瓶を手に取った。


「なるほどな」


青いインクが、ガラスの中で静かに揺れた。


🎼「では私も、何か書いてみるか」


【え・・・・】執事は目を丸くした。


「日記でございますか?」


「いや」


白龍昇は便箋を一枚取った。


「手紙だ」


「どなたへ?」




白龍昇は万年筆を受け取りながら答えた。


「それは秘密だ」


いつの間にか人間の姿・・・
いつの間にか人間の姿・・・




執事は深く一礼した。


「それがよろしゅうございます」


白龍昇はペン先を六花のインクに浸した。


そして、最初の一文字を書く。


少し不格好な文字だった。


執事はそれを見たが、何も直さなかった。


なぜなら――


自分の筆跡で書くということは、


上手に書くことではない。


その瞬間の自分を、紙の上に残すことだから。


窓の外では、六枚の花びらを持つ小さな雪の結晶が、


夜空から次々と舞い降りていた。



氷の妖精
氷の妖精





白龍昇は青い文字を眺めながら呟いた。


「六花か……。いい名だな」


執事は静かに答えた。


「はい。私の一番好きな青でございます」


そしてその夜。


♪白龍昇が書いた一通の手紙と、


♪執事が書いた一頁の日記には、


同じ六花の青が残った。


雪は朝になれば溶けてしまうかもしれない。


けれど紙の上の六花は、


その冬の夜に二人が交わした言葉を、


いつまでも静かに覚えていた。 



つづく



ー解説ーー


パイロット社の色 参考文献



これはパイロット社のHPより色見本です
これはパイロット社のHPより色見本です


月夜 Tukiyo


孔雀Ku jaku


紺碧kon peki


亜麻色ama iro


六花Rikka 



つづく


著作権ここにあり、転載不可

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