吾輩は、、
- x Happy
- 6月3日
- 読了時間: 3分
吾輩はアザラシの赤ちゃんである。
名前はまだない。
いや、本当は飼育員さんたちが「ポポちゃん」だとか「しろまる」だとか、いろいろ呼んでいるのだが、正式な名前はまだ決まっていない。
生後二ヶ月。
体はまだ小さいが、食欲だけは一人前である。(体重は60キロある)
吾輩の一日は早い。
朝になると、水族館の照明が少しずつ明るくなる。
すると、吾輩は大きなあくびをして、ひれを伸ばす。
そこへ飼育員の美咲さんがやって来る。
「おはよう。今日も元気かな?」
優しい声で話しかけてくれる。
吾輩は返事の代わりに、ぴちゃりと水をかける。
すると美咲さんは笑う。
「またいたずらして。」
怒らない。
いつも笑ってくれる。
まずは体重測定だ。
小さな台に乗ると、美咲さんが数字を確認する。
「よし、昨日より三百グラム増えてる。」
吾輩は少し得意になる。
たくさん食べた成果である。
次は朝ごはん。
小さく刻んだイワシやアジ。
栄養たっぷりの特製メニュー。
吾輩は夢中で食べる。
食べ終わると、お腹を見せて転がる。
すると飼育員さんたちは笑う。
「満足そうだね。」
そのあと泳ぎの練習。
潜ったり浮かんだり。
ボールを追いかけたり。
輪っかを鼻先で押したり。
遊んでいるように見えるが、立派な訓練らしい。
昼になると休憩だ。
岩の上で昼寝をする。
すると美咲さんがそっと様子を見に来る。
呼吸は正常か。
目や鼻に異常はないか。
体に傷はないか。
細かく確認している。
吾輩は安心して眠る。(とても、いや、かなり幸せだ)
なぜなら、この人たちはいつも吾輩を守ってくれるからだ。
ある日の午後だった。
水槽の前に一人の外国人が立った。
背が高く、優しそうな顔をした若い男性。
イタリアから来たルカだった。
ルカは最初、水族館を観光するつもりで歩いていた。
しかし吾輩を見た瞬間、足が止まった。
「マンマ・ミーア……。」
小さくつぶやいた。
吾輩はちょうどボールを追いかけて泳いでいた。
ルカはしゃがみ込んで見つめる。
吾輩も気になって近づいた。
ガラス越しに目が合う。
するとルカは嬉しそうに笑った。
「なんて可愛いんだ。🎵」
五分が過ぎた。

十分が過ぎた。
三十分が過ぎた。
ルカはまだそこにいた。
他のお客さんが次々と移動していく中、ルカだけは動かない。
まるで絵画でも鑑賞しているかのようだった。
美咲さんが笑いながら言った。
「気に入っていただけましたか?」
ルカは『真剣な顔』で答えた。
「イタリアにも素晴らしい景色はたくさんあります。
でも今日は、この子から目が離せません。(^^♪」
吾輩はよく分からなかったが、とりあえず得意そうに泳いでみせた。
ルカは拍手した。
その日以来、ルカは毎日のように水族館へ来るようになった。
朝の体重測定。
ごはんの時間。
お昼寝。
泳ぎの練習。
吾輩の日常を眺めるのが楽しみになったのである。
夕方になると、飼育員さんたちは吾輩に声をかける。
「今日も元気だったね。」
「よく食べたね。」
「また明日ね。」
吾輩は岩場で丸くなる。
ガラスの向こうにはルカ。
そばには優しい飼育員さんたち。
吾輩は思う。
世界には大きな海があるらしい。
まだ見たことはない。
けれど今は、この水族館が好きだ。
毎日ごはんをくれて、
健康を気づかってくれて、
名前を呼んでくれる人たちがいる。
そして、なぜか毎日会いに来るイタリア人のルカもいる。
吾輩はアザラシの赤ちゃんである。
まだ小さい。
だが、とても幸せなアザラシの赤ちゃんなのである。
つづく
解説
ルカは旅人なのですが、
あまりにかわいいアザラシの赤ちゃんをみたので
しばらく滞在することにしたのでした。
『大分の旅』というお話の中で
ルカが日本を旅します。
こちらは、そのお話の続きになってます。


