唐辛子(エマ)とチーズの煮込み
- x Happy
- 4月29日
- 読了時間: 3分
更新日:5月2日
スパイシーなお話を書いてみました。
ヒマラヤの風が、すこしだけ甘く、
そして少しだけ刺激的に吹く国――
ブータン。
その国では、唐辛子は香辛料ではありません。
野菜です。
—

辛いものが大好きな旅人・燈(あかり)は、その話を聞いたとき、思わず笑いました。
「唐辛子が、野菜?そんな夢みたいな国があるの?」
迷うことなくその国へ向かいました。
山あいの小さな村に着くと、まず目に入ったのは、
家々の軒先に吊るされた、真っ赤な唐辛子たち。
風に揺れて、さらさらと音を立てています。
「きれい……」
燈が見とれていると、村の女性が笑って言いました。
「それ、全部食べるのよ」
「全部!?」
「もちろん。ここでは唐辛子は主役だからね」
—
台所に通された燈の前に置かれたのは、ぐつぐつと湯気を立てる鍋。
「これはね、エマダツィ」
中には、たっぷりの唐辛子と、とろりと溶けたチーズ。
赤と白が混ざり合い、まるで情熱とやさしさが同居しているようでした。
—
「いただきます」
一口、口に入れた瞬間――
「っ……!!」
強烈な辛さが、舌に火を灯します。
けれど、そのあとすぐに、チーズのまろやかさが包み込む。
辛い。けど、やさしい。
刺激的なのに、どこかほっとする。
—
「どう?」と女性。
燈は、涙目になりながら笑いました。
「すごい……辛いのに、止まらない」
女性はうなずきます。
「そうでしょ?辛さはね、ただの刺激じゃないの。
ちゃんと向き合うと、味になるのよ」
—
その夜、燈は村の人たちと囲炉裏を囲みながら、何度もエマダツィを食べました。
誰も「辛い」と文句は言いません。
むしろ、笑いながら、どんどん食べていく。
「どうして、こんなに辛いものが好きなんですか?」
燈が尋ねると、年配の男性が答えました。
「寒いからだよ」
「寒い?」
「この国はね、厳しい自然の中にある。
だから、体も心も温めるものが必要なんだ」
少し間をおいて、こう続けました。
「それに――辛さは、生きてるって感じさせてくれる」
—
燈は、その言葉をゆっくりと噛みしめます。
確かに、舌はひりひりしている。
額には汗。心臓も少し早い。
けれど、不思議と元気になっている。
—
翌朝。
燈は自分でエマダツィを作らせてもらいました。
唐辛子を切る。
チーズを溶かす。
火加減を見ながら、ゆっくり煮る。
「怖がらないで」女性が言います。
「辛さから逃げると、ただ痛いだけ。
ちゃんと向き合うと、味になる」
—
燈は深呼吸して、少し多めに唐辛子を入れました。
「よし……挑戦」
出来上がった一皿を食べると、
やっぱり辛い。だけど――
「……おいしい」
今度は、ちゃんと笑えました。
—
ここでの旅の終わるけど、まだまだ旅はつづきます。
また来るね!
燈は赤い唐辛子をひと束、お土産にもらいます。
「忘れないでね」女性が言いました。
「辛さは、敵じゃない。味方にもなるのよ」
帰り道、燈は思います。
辛さとは、ただの刺激ではなく、
向き合い方で変わるもの。
人生と、少し似ている。
—
「また来よう」
そうつぶやきながら、
もう一度、あの刺激的でやさしい味を思い出していました。
舌が少しだけ、じんわりと熱くなるのを感じながら。
つづく....
解説
辛いものが苦手でも
想像で味わっていただけたら幸いです。



