わくわく(テニス)
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- 4月18日
- 読了時間: 3分
春の光がやわらかく差し込む日曜日。
テニスコートのフェンスには、まだ少し冷たい風が触れているのに、コートの中だけは不思議とぬくもりがあった。
ボールを打つ音が、規則正しく響く。
パン、パン、と乾いた音が、空気を軽く弾いていく。
「ナイスショット!」
声を上げたのは、宮崎から来たという中村だった。
日に焼けた肌と、少し訛りの残る話し方が、
北海道の春の空気の中ではどこか異国のようにも感じられる。
「いやあ、今日は風が優しいですねえ」
そう言って笑う彼は、本来ならもう九州に戻っているはずだった。
退職を機に「いずれ帰る」と言いながら、もう三年も札幌にいる。
これほどまで北海道の気候に恋してしまうとは、、、、
「夏がいいんですよ、北海道は。
あっちは…もう、テニスどころじゃない暑さですから」
ラケットを肩に担ぎながら、そう言って空を見上げる。
その向こう側、静かにボールを拾っているのは佐藤だった。
背筋はまっすぐで、動きは無駄がない。けれど、どこか影がある。
「佐藤さん、もう一試合いけますか?」
声をかけると、少しだけ間を置いてから、柔らかくうなずいた。
「ええ、いいですよ。今日は調子がいい」
彼は妻を亡くしてから、毎週ここに来るようになった。
最初は無言で壁打ちばかりしていたが、いつの間にかこの輪の中にいた。
「ここに来るとね、音がいいんですよ」
と、以前ぽつりと話したことがある。
「家にいると静かすぎてね。
でも、ここは違う。誰かが打ってる音が、ずっと続いてる」
それは孤独を埋める音なのかもしれなかった。
その隣で、やけに張り切っているのが高橋だ。
「いやー、やっぱり引っ越して正解でしたよ!」
彼はもともと南区に住んでいたが、このコートに通うのが面倒で、
思い切って幌平橋近くに引っ越してきた変わり種だ。
「徒歩で来れるって最高ですよ。朝起きて、ちょっと来て、打って、帰って昼寝!」
「それ、理想の老後じゃないですか」
誰かが笑う。
「いやいや、まだ老後じゃないですよ!」
そう言いながらも、みんなの笑いの中に自然に溶け込んでいる。
――この場所には、肩書きがない。
元会社員も、元公務員も、何かを失った人も、何かを選んだ人も。
ラケットを握れば、ただの「今日テニスをする人」になる。
試合の合間、ベンチでペットボトルの水を飲み、話題も回る。
とても健康的な時間が過ぎる。
「昨日、雪虫見ましたよ」
「もうそんな時期かあ」
「いやいや、それ去年の話じゃないですか?」
くだらない会話が、やけに心地いい。
ふと、佐藤が笑った。
それはほんの一瞬だったけれど、確かに柔らかい表情だった。
中村がそれに気づいて、何も言わずにサーブを打つ。
高橋が大げさに空振りして、みんなが笑う。
ボールはまた、コートの上を行き来する。
日曜日の午後は、ゆっくりと流れていく。
特別なことは何も起きない。
けれど、この場所には確かにある。
失ったものの隙間に、そっと入り込むような時間。
どこかへ帰らなくてもいいと思わせる、やわらかな居場所。
そしてまた、誰かが言う。
「もう一試合、いきますか」
その一言が、ここでは何よりも大事だった。
解説
ここのお話は全部架空の人物です。
テニスコートをイメージして
物語をつくってみました。
幌平橋テニスコート
令和8年開放開始日
4月25日土曜日から。


