調理と料理を辛口で。
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- 4月29日
- 読了時間: 5分
まだ寒い春の気配が残る午後。
音和(おとは)は、静かな台所に立っていました。
窓の外は白く、室内にはやわらかな火のぬくもり。
まな板の上には野菜、棚には調味料、そして――どこか落ち着かない空気。
「……調理と料理って、同じじゃないよね」
そのひとりごとに応えるように、椅子がゆっくりと軋みました。
—
「ようやく、まともな疑問に出会えた気がする」
振り向くと、黒いコートの紳士が腰かけています。
落ち着いた眼差しに、どこか皮肉な光。
「私は サミュエル・ジョンソン。
言葉の意味を磨くことと、人間の思い込みをほどくことを生業にしている」
音和は少し驚きながらも、冷静に聞き返しました。
「では、その疑問、解けますか?」
ジョンソンは肩をすくめます。
「解けるかどうかは君次第だ。私はせいぜい、君の勘違いを減らすだけだよ」
—
そのとき、包丁が小さく震えました。
「ねえ、それ、本当に必要?」
音和は一瞬だけ手を止めます。
けれど今度は驚きませんでした。
「……聞こえるようになったのね」
ジョンソンが満足そうに頷きます。
「良い兆候だ。
人間は、聞く準備ができたときにしか世界の声を受け取れない」
—
音和は野菜に向かって言いました。
「あなたたち、どうされたい?」
人参が答えます。
「雑に扱われるのは嫌だな」
玉ねぎも続きます。
「意味のある使い方ならいい。ちゃんと誰かに届くなら」
ジョンソンが間髪入れずに言いました。
「見たまえ。素材は常に誠実だ。
問題は、それを扱う側の“いい加減な理由”だ」
—
音和は静かに尋ねます。
「“いい加減な理由”って?」
ジョンソンは指を一本立てました。
「一つ。見栄だ。“豪華に見せたい”という浅薄な欲望」
「二つ。惰性だ。“いつもそうしているから”という思考停止」
「三つ。恐れだ。“考えないほうが楽だ”という逃避」
そして少し笑って、
「人間の行動の大半は、この三つで説明がつく」
—
そのとき、台所の隅から、ガタガタと音がしました。
振り向くと、鍋を前にした動物たち――
犬や猫、うさぎたちが、見よう見まねで料理らしきものを作っています。
けれど様子がおかしい。
火は強すぎ、材料はばらばら、
ただ混ぜて、焼いて、盛るだけ。
音和は目を細めました。
「……あれも、料理ですか?」
ジョンソンは即答します。
「いや、“調理”だ」
—
「違いは何ですか?」
ジョンソンはゆっくり立ち上がり、動物たちを指し示しました。
「彼らは“できること”をしているだけだ。
火が使えるから火を使う。切れるから切る」
少し間を置いて、
「だが、“なぜそうするのか”を問うていない」
—
音和はさらに踏み込みます。
「でも、それなら人間も同じでは?」
ジョンソンの目が細くなりました。
「いいところに気づいたな」
「人間もまた、多くの場合“調理”しかしていない」
「では、料理とは?」
—
ジョンソンは静かに答えます。
「料理とは、“意味を持たせる行為”だ」
「意味……」
「誰のためか。何を伝えたいのか。
素材にどう向き合うのか」
彼は少し皮肉っぽく続けました。
「動物は“調理”はする。だが“料理”はしない。
調理は土台、その上に意味をのせたとき、
初めて料理になる、、
動物が料理しない理由は単純だ
――彼らは嘘をつかないからだ」
音和は首をかしげます。
「嘘?」
—
「そう。料理には“意図”がいる。
だが人間は、その意図をしばしば偽る」
「本当は見栄なのに、“美の追求”と言い換える。
本当は惰性なのに、“伝統”と呼ぶ」
彼は小さく笑いました。
「動物はそこまで器用じゃない。
だからこそ、“調理”止まりなんだよ」
—
音和は静かに包丁を手に取りました。
けれどその動きは、先ほどとは違います。
「じゃあ私は、料理をしたい」
「ほう?」ジョンソンが興味深そうに見ます。
「ちゃんと理由を持って、選びたい。
この野菜を、どう生かすか」
—
火は弱く。
切り方は最小限に。
味付けも、必要な分だけ。
ジョンソンが腕を組んで観察します。
「引き算か。珍しいな」
「足すより、難しいですよね」
「その通りだ。
人間は“加えること”で安心するが、“削ること”でしか本質は見えない」
—
やがて出来上がったのは、静かな一皿。
動物たちの料理は、見た目は派手で賑やか。
けれど、どこかちぐはぐ。
音和の料理は、控えめで、けれど整っていました。
—
ジョンソンは一口食べて、少し考えます。
「……なるほど」
音和が聞きます。
「どうですか?」
彼は答えました。
「これは“説明できる味”だ」
「説明?」
「なぜこの火加減か、なぜこの味付けか、
すべてに理由がある」
少し微笑んで、
「つまり――これは“料理”だ」
—
音和はほっと息をつきました。
動物たちはまだ、にぎやかに調理を続けています。
けれど、どこか楽しそうでもありました。
音和はその様子を見て言います。
「調理も、悪くないですね」
ジョンソンは頷きます。
「もちろんだ。調理は土台だ。
だがその上に“意味”を乗せたとき、初めて料理になる」
—
窓の外、雪がやみ、淡い光が差し込みました。
気がつくと、ジョンソンの姿は消えています。
ただ、椅子だけが残っていました。
—
音和は静かに台所に立ち、つぶやきます。
「調理を超えて、料理へ」
包丁の音が、今度はやさしく響きました。
その一つひとつに、
確かな理由と、静かな意志を込めながら。
解説
サミュエル ジョンソン
1755年に出版(英語辞典)の著者。
イギリスの批評家、事典編集家
18世紀の偉大な人物
彼は料理と調理に関して
辛口の意見をいう

彼のおはなしを書いてみました。


