🍇葡萄のおはなし🍇
- x Happy
- 4月18日
- 読了時間: 3分
更新日:4月19日
園庭の片隅に、小さなぶどう棚がある。
朝露をまとった葉は、光を受けてきらきらと揺れ、まだ青い実がいくつも連なっていた。
「せんせい、ぶどう大きくなってるよ!」

園児の声に振り返ったのは、保育士の美咲だった。
柔らかく笑いながら、しゃがみ込む。
「ほんとだね。もう少しで食べられるかな」
その言葉を口にするたび、胸の奥に小さな揺れが生まれる。
美咲は、ぶどうが好きだった。
甘くて、少しだけ酸っぱくて、皮の香りがふわっと広がるあの感じ。
けれど――
りんごも、桃も、食べられない。
小さい頃、給食で食べたりんごで、喉がかゆくなった。
桃ではもっとひどく、呼吸が苦しくなり、病院に運ばれたこともある。
「果物は気をつけてね」
母のその言葉は、ずっと体のどこかに残っている。
保育士になった今も、それは変わらなかった。
給食の時間。
子どもたちの前に並ぶ、きれいに切られたりんご。
「せんせい、これ甘いよ!」
差し出される小さな手。
「ありがとう。でも先生はね、ちょっとだけ苦手なんだ」
そう言って笑う。
嘘ではないけれど、本当の理由も少しだけ隠している。
――怖い、という気持ちも、まだあるから。
でも、ぶどうだけは違った。
初めて園庭で収穫したとき、少しだけ迷って、そして一粒口に入れた。
大丈夫だった。
その瞬間、子どもの頃に置いてきた「好き」が、ゆっくり戻ってきた気がした。
「せんせい、食べてる!」
あのときの子どもたちの嬉しそうな顔を、今でも覚えている。
秋が近づくと、ぶどうは濃い紫に色づいていく。
収穫の日。
小さな手が、房をそっと支える。
「やさしくね、落とさないように」
美咲はそう声をかけながら、ひとつひとつを見守る。
その中の一房を、子どもが差し出した。
「せんせい、いっしょに食べよう」
ほんの少しだけ、間があった。
けれど美咲は、笑ってうなずいた。
「うん、いっしょに食べようか」
皮をむいて、口に入れる。
やさしい甘さが、広がる。
――大丈夫。
その確信は、ただ体の反応だけじゃなかった。
ここには、見守ってくれる目がある。
無邪気に「一緒」をくれる子どもたちがいる。
りんごも桃も、まだ怖いままだ。
無理に好きになる必要もない。
けれど、ぶどうは違う。
この園庭で育ったぶどうは、ただの果物じゃない。
「一緒に大きくなった時間」そのものだった。
「せんせい、もっと食べていい?」
「いいよ。でも一人三粒までね」
「えー!」
笑い声が、園庭に広がる。
風が吹いて、葉が揺れる。
ぶどう棚の影が、地面にやわらかく落ちる。
美咲はその下で、もう一粒だけ口に入れた。
甘さは、少しだけ涙に似ていた。
解説
今日カフェで座ったとき、偶然
となりの席のしらないお客さん、
話声が聞こえました。
若い女性は保育園の先生で
フルーツアレルギーの話をしていました。
この小説が思い浮かびました。


